・・・花田と青島登場。花田 おまえたちは始終俺のことを俗物だ俗物だといっていやがったな。若様どうだ。瀬古 僕は汚されたミューズの女神のために今命がけの復讐をしているところだ。待ってくれ。花田 貴様、俺のチョコレットを・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・動かせば、斉しく振動かし、足を爪立つれば爪立ち、踞めば踞むを透し視めて、今はしも激しく恐怖し、慌しく駈出帽子を目深に、オーバーコートの鼠色なるを被、太き洋杖を持てる老紳士、憂鬱なる重き態度にて登場。初の烏ハタと行当る。驚いて身を・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・高原七左衛門。登場。道を譲る。村越 ま、まあ、御老人。七左 いや、まず……先生。村越 先生は弱りました。(忸怩では書生流です、御案内。七左 その気象! その気象!撫子。出迎えんとして、ちょっと髷に手を遣り、台所へ・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
湯島の境内 冴返る春の寒さに降る雨も、暮れていつしか雪となり、仮声使、両名、登場。上野の鐘の音も氷る細き流れの幾曲、すえは田川に入谷村、その仮声使、料理屋の門に立ち随・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・になればなるほど形式が単純になり、簡素になり、お能はその極致だという結論に達していたが、しかし、純粋小説とは純粋になればなるほど形式が不純になり、複雑になり、構成は何重にも織り重って遠近法は無視され、登場人物と作者の距離は、映画のカメラアン・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ 新人が登場した時は、万人は直ちに彼を酷評してはならない。むしろ多少の欠点には眼をつむって、大いにほめてやることが、彼を自信づけ、彼が永年胸にためていたものを、遠慮なく吐き出させることになるのだ。起ち上りぎわに、つづけざまに打たれて・・・ 織田作之助 「文学的饒舌」
・・・意気込んで舞台へ飛び出したが、相手役がいなかったというバツの悪さをごまかすには、せめて思いも掛けぬお加代という登場人物を相手にしなければならない。「へえん、随分ご親切だけど、かえって親切が仇にもなるわよ」 と、お加代はしかし大根役者・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・そしてその復活は元のままのくりかえしではなく必ず新しく止揚されて、現段階に再登場しているのだ。その二千五百年間の人間の倫理思想の発展と推移とを痕づけることは興味津々たるものである。 倫理学史にはフリードリッヒ・ヨードルの『倫理学史』、ヘ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・この小説には、もはや、あの役人は登場しない。もともとあの役人の身の上も、全く私の病中の空想の所産で、実際の見聞で無いのは勿論であるが、次の短篇小説の主人公もまた、私の幻想の中の人物に過ぎない。 ……それは、全く幸福な、平和な家庭なんだ。・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・の役割を以て登場しながら、最後まで退場しない男もいる。小さい遺書のつもりで、こんな穢い子供もいましたという幼年及び少年時代の私の告白を、書き綴ったのであるが、その遺書が、逆に猛烈に気がかりになって、私の虚無に幽かな燭燈がともった。死に切れな・・・ 太宰治 「十五年間」
出典:青空文庫