・・・風があまりに強いために他の乗客は皆登山を断念して引返したので結局この二人の日本人だけが登ることになった。地理学書でもまた物語でも読んで知っていたアトリオ・デル・カヴルロとかソマムとか、こういう名前も何となく嬉しく、また地質学者から教わる色々・・・ 寺田寅彦 「二つの正月」
・・・ 各々が受持った五本又は七本の、導火線に点火し終ると、駈足で登山でもするように、二方の捲上の線路に添うて、駆け上った。 必要な掘鑿は、長四方形に川岸に沿うて、水面下六十尺の深さに穴を明ける仕事であった。 だから、捲上の線は余分な・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・きれいな夏ものが飾られ、登山用具はデパートのスポーツ部にあふれている。軒をならべた露店に面して、よくみがかれた大きいショーウィンドをきらめかせているデパートはすべてが外国風な装飾で、外国人専用のデパートの入口には外国の若い兵士が番をしている・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・那須登山 三日目四五日目、Aの退屈、夏中出来なかった仕事のエキスキュースにされる。不快六日目 ひどい雨、あのまっくらな雨 うらの崖、熊ささ、しぶき、かけひの湯の音七日目、Aかえる、自分もう少しなおしたい、そ・・・ 宮本百合子 「「伸子」創作メモ(二)」
巌が屏風のように立っている。登山をする人が、始めて深山薄雪草の白い花を見付けて喜ぶのは、ここの谷間である。フランツはいつもここへ来てハルロオと呼ぶ。 麻のようなブロンドな頭を振り立って、どうかしたら羅馬法皇の宮廷へでも・・・ 森鴎外 「木精」
出典:青空文庫