・・・もし彼等に声があったら、この白日の庚申薔薇は、梢にかけたヴィオロンが自ら風に歌うように、鳴りどよんだのに違いなかった。 しかしその円頂閣の窓の前には、影のごとく痩せた母蜘蛛が、寂しそうに独り蹲っていた。のみならずそれはいつまで経っても、・・・ 芥川竜之介 「女」
・・・と思うので、つまり精神的に人を殺して、何の報も受けないで、白日青天、嫌な者が自分の思いで死んでしまった後は、それこそ自由自在の身じゃでの、仕たい三昧、一人で勝手に栄耀をして、世を愉快く送ろうとか、好な芳之助と好いことをしようとか、怪しからん・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・ 遥かに瞰下す幽谷は、白日闇の別境にて、夜昼なしに靄を籠め、脚下に雨のそぼ降る如く、渓流暗に魔言を説きて、啾々たる鬼気人を襲う、その物凄さ謂わむ方なし。 まさかこことは想わざりし、老媼は恐怖の念に堪えず、魑魅魍魎隊をなして、前途に塞・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・ その記憶が私の心をかすめたとき、突然私は悟った。雲が湧き立っては消えてゆく空のなかにあったものは、見えない山のようなものでもなく、不思議な岬のようなものでもなく、なんという虚無! 白日の闇が満ち充ちているのだということを。私の眼は一時に視・・・ 梶井基次郎 「蒼穹」
・・・泥棒どもが、なお安全に、最も悪い泥棒制度を維持しようがためにやっていることを白日の下に曝す必要がある。 吾々の文学はプロレタリアートの全般的な仕事のうちの一分野である。吾々は、プロレタリアートの持つ、帝国主義××××の意志、思想を、感情・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・細民街のぼろアパアト、黄塵白日、子らの喧噪、バケツの水もたちまちぬるむ炎熱、そのアパアトに、気の毒なヘロインが、堪えがたい焦躁に、身も世もあらず、もだえ、のたうちまわっているのである。隣の部屋からキンキン早すぎる回転の安蓄音器が、きしりわめ・・・ 太宰治 「音に就いて」
・・・その実を犇と護らなん、と呶鳴るようにして歌った自分の声が、まだ耳の底に残っているような気がする。白日夢。私は立上って、茶店のほうに歩いた。袂をさぐってみると、五十銭紙幣は、やはりちゃんと残って在る。佐伯君にも、熊本君にも欠点があります。僕に・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ ひとり豆腐屋の軒下に、置き残され、私は夢みるようであった。白日夢。そんな気がした。ひどくリアリティがない。ばかげた話である。とにかく、銭湯まで一走り。湯槽に、からだを沈ませて、ゆっくり考えてみると、不愉快になって来た。どうにも、むかむ・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・スランプトハ、コノ様ナ、パッション消エタル白日ノ下ノ倦怠、真空管ノ中ノ重サ失ッタ羽毛、ナカナカ、ヤリキレヌモノデアル。時々刻々ノワガ姿、笑ッタ、怒ッタ、マノワルキカッカッ燃ユル頬、トウモロコシムシャムシャ、ヒトリ伏シテメソメソ泣イテイル、ス・・・ 太宰治 「創生記」
・・・魚容はそのよごれ物をかかえて裏の河原におもむき、「馬嘶て白日暮れ、剣鳴て秋気来る」と小声で吟じ、さて、何の面白い事もなく、わが故土にいながらも天涯の孤客の如く、心は渺として空しく河上を徘徊するという間の抜けた有様であった。「いつまでもこ・・・ 太宰治 「竹青」
出典:青空文庫