・・・ そこで、彼は、妻子家来を引き具して、白昼、修理の屋敷を立ち退いた。作法通り、立ち退き先の所書きは、座敷の壁に貼ってある。槍も、林右衛門自ら、小腋にして、先に立った。武具を担ったり、足弱を扶けたりしている若党草履取を加えても、一行の人数・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・海は――目の前に開いている海も、さながら白昼の寂寞に聞き入ってでもいるかのごとく、雲母よりもまぶしい水面を凝然と平に張りつめている。樗牛の吐息はこんな瞬間に、はじめて彼の胸からあふれて出た。――自分はこういう樗牛を想像しながら、長い秋の夜を・・・ 芥川竜之介 「樗牛の事」
・・・女の小屋に荒れこむ勢で立上ると彼れは白昼大道を行くような足どりで、藪道をぐんぐん歩いて行った。ふとある疎藪の所で彼れは野獣の敏感さを以て物のけはいを嗅ぎ知った。彼れははたと立停ってその奥をすかして見た。しんとした夜の静かさの中で悪謔うような・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・妙齢の娘でも見えようものなら、白昼といえども、それは崩れた土塀から影を顕わしたと、人を驚かすであろう。 その癖、妙な事は、いま頃の日の暮方は、その名所の山へ、絡繹として、花見、遊山に出掛けるのが、この前通りの、優しい大川の小橋を渡って、・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ 十日を措かず、町内の娘が一人、白昼、素裸になって格子から抜けて出た。門から手招きする杢若の、あの、宝玉の錦が欲しいのであった。余りの事に、これは親さえ組留められず、あれあれと追う間に、番太郎へ飛込んだ。 市の町々から、やがて、木蓮・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 私は――白昼、北海の荒波の上で起る処のこの吹雪の渦を見た事があります。――一度は、たとえば、敦賀湾でありました――絵にかいた雨竜のぐるぐると輪を巻いて、一条、ゆったりと尾を下に垂れたような形のものが、降りしきり、吹煽って空中に薄黒い列・・・ 泉鏡花 「雪霊続記」
・・・ 薄暗い白昼の影が一つ一つに皆映る。 背後の古襖が半ば開いて、奥にも一つ見える小座敷に、また五壇の雛がある。不思議や、蒔絵の車、雛たちも、それこそ寸分違わない古郷のそれに似た、と思わず伸上りながら、ふと心づくと、前の雛壇におわするの・・・ 泉鏡花 「雛がたり」
・・・それがしは、今日今宵この刻まで、人並、いやせめては月並みの、面相をもった顔で、白昼の往来を、大手振って歩いて来たが、想えば、げすの口の端にも掛るアバタ面! 楓どの。今のあの言葉をお聴きやったか」「いいえ、聴きませぬ。そのような、げす共の・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・よしんば借りて帰るにしても、温泉場の夜ならともかく、白昼の大阪の町を、若い娘の寝巻姿は目立ちすぎる。それに、履物がない。「宿屋の女中さんに事情話して、著物貸して貰うかな」「いや」「どうして?」「だって」 裸で来た理由を語・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・と、眼を開けば、例の山査子に例の空、ただ白昼というだけの違い。おお、隣の人。ほい、敵の死骸だ! 何という大男! 待てよ、見覚があるぞ。矢張彼の男だ…… 現在俺の手に掛けた男が眼の前に踏反ッているのだ。何の恨が有っておれは此男を手に掛けた・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
出典:青空文庫