・・・と、幻の天女と、描ける玉章を掻乱すようで、近く歩を入るるには惜いほどだったから…… 私は――(これは城崎関弥 ――道をかえて、たとえば、宿の座敷から湖の向うにほんのりと、薄い霧に包まれた、白砂の小松山の方に向ったのである。 ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・町を離れてから浪打際まで、凡そ二百歩もあった筈なのが、白砂に足を踏掛けたと思うと、早や爪先が冷く浪のさきに触れたので、昼間は鉄の鍋で煮上げたような砂が、皆ずぶずぶに濡れて、冷こく、宛然網の下を、水が潜って寄せ来るよう、砂地に立ってても身体が・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・ お松が自分をおぶって、囲炉裏端へ上った時に母とお松の母は、生薑の赤漬と白砂糖で茶を飲んで居った。お松は「今夜坊さんはねえやの処へ泊ってください」と頻りに云ってる。自分は点頭して得心の意を示した。母は自分の顔を見て危む風で「おまえ泊れる・・・ 伊藤左千夫 「守の家」
・・・底は一面の白砂に水紋落ちて綾をなし、両岸は緑野低く春草煙り、森林遠くこれを囲みたり。岸に一人の美わしき少女たたずみてこなたをながむる。そのまなざしは治子に肖てさらに気高く、手に持つ小枝をもて青年を招ぐさまはこなたに舟を寄せてわれと共に恋の泉・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・ 三人は、パン屑のまじった白砂糖を捨てずに皿に取っておくようになった。食い残したパンに味噌汁をかけないようにした。そして、露西亜人が来ると、それを皆に分けてやった。「お前ンとこへ遊びに行ってもいいかい?」「どうぞ。」「何か、・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・そして馬の顔の毛や、革具や、目かくしに白砂糖を振りまいたようにまぶれついた。 二 親爺のペーターは、御用商人の話に容易に応じようとはしなかった。 御用商人は頬から顎にかけて、一面に髯を持っていた。そして、自分・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・遠い遠い所に木のしげった島が見えます。白砂の上を人々が手を取り合って行きかいしております。祭壇から火の立ち登る柱廊下の上にそびえた黄金の円屋根に夕ぐれの光が反映って、島の空高く薔薇色と藍緑色とのにじがかかっていました。「あれはなんですか・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ 健康とそれから金銭の条件さえ許せば、私も銀座のまんなかにアパアト住いをして、毎日、毎日、とりかえしのつかないことを言い、とりかえしのつかないことを行うべきでもあろうと、いま、白砂青松の地にいて、籐椅子にねそべっているわが身を抓っている・・・ 太宰治 「もの思う葦」
・・・右には未だ青き稲田を距てて白砂青松の中に白堊の高楼蜑の塩屋に交じり、その上に一抹の海青く汽船の往復する見ゆ。左に従い来る山々山骨黄色く現われてまばらなる小松ちびけたり。中に兜の鉢を伏せたらんがごとき山見え隠れするを向いの商人体の男に問う。何・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・「うん、毎朝梅干に白砂糖を懸けて来て是非一つ食えッて云うんだがね。これを食わないと婆さんすこぶる御機嫌が悪いのさ」「食えばどうかするのかい」「何でも厄病除のまじないだそうだ。そうして婆さんの理由が面白い。日本中どこの宿屋へ泊って・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
出典:青空文庫