・・・坩堝の底に熔けた白金のような色をしてそして蜻とんぼの眼のようにクルクルと廻るように見える。眩しくなって眼を庭の草へ移すと大きな黄色の斑点がいくつも見える。色がさまざまに変りながら眼の向かう方へ動いて行く。・・・ 寺田寅彦 「窮理日記」
・・・ほんとうなら白金か何か酸化しない金属を付けておくべき接触点がニッケルぐらいでできているので、少し火花が出るとすぐに電気を通さなくなるらしい。時々そこをゴリゴリすり合わせるとうまく鳴るが、毎日忘れずにそれをやるのはやっかいである。これはいった・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・その葉を去る三寸ばかりの上に、天井から白金の糸を長く引いて一匹の蜘蛛が――すこぶる雅だ。「蓮の葉に蜘蛛下りけり香を焚く」と吟じながら女一度に数弁を攫んで香炉の裏になげ込む。「蛸懸不揺、篆煙遶竹梁」と誦して髯ある男も、見ているままで払わん・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・一面に茶渋を流した様な曠野が逼らぬ波を描いて続く間に、白金の筋が鮮かに割り込んでいるのは、日毎の様に浅瀬を馬で渡した河であろう。白い流れの際立ちて目を牽くに付けて、夜鴉の城はあの見当だなと見送る。城らしきものは霞の奥に閉じられて眸底には写ら・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ そして早くもその燃え立った白金のそら、湖の向うの鶯いろの原のはてから熔けたようなもの、なまめかしいもの、古びた黄金、反射炉の中の朱、一きれの光るものが現われました。 天の子供らはまっすぐに立ってそっちへ合掌しました。 それは太・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
・・・ 一とうしょうは 白金メタル 二とうしょうは きんいろメタル 三とうしょうは すいぎんメタル 四とうしょうは ニッケルメタル 五とうしょうは とたんのメタル 六とうしょうは にせがねメタル 七とうしょうは なまり・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
・・・さて、その煙が納まって空気が奇麗に澄んだときは、こっちはどうだ、いつかまるで空へ届くくらい高くなって、まるでそんなこともあったかというような顔をして、銀か白金かの冠ぐらいをかぶって、きちんとすましているのだぞ。」ラクシャンの第三子は・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・豚のからだはまあたとえば生きた一つの触媒だ。白金と同じことなのだ。無機体では白金だし有機体では豚なのだ。考えれば考える位、これは変になることだ。」 豚はもちろん自分の名が、白金と並べられたのを聞いた。それから豚は、白金が、一匁三十円する・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・そして、或る雪の降る日、自分の息苦しい生活から、雪の外気へとび出るような気持で家を出て、芝白金の方のかの子さんの家をさがした。坂の裏側の町筋へ出てしまったかで、俥が雪の細い坂をのぼれず、妙なところでおりて、家へ辿りついた。小ぢんまりしたあた・・・ 宮本百合子 「作品の血脈」
・・・――白金の矢の様に光君の心をいた。光君の足は自と動く。耳をすまして体は少し前かがみ、足をつまさき立ててかるくはかどる。一足――一足、一足毎に近づく音はますますさえる。魂は飛んでもぬけのから、もぬけのからのその体を無形のものは益々誘う。飛んだ・・・ 宮本百合子 「錦木」
出典:青空文庫