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・・・「これはかねて聞きおよんだ、尊い放光王地蔵菩薩の金像じゃ。百済国から渡ったのを、高見王が持仏にしておいでなされた。これを持ち伝えておるからは、お前の家柄に紛れはない。仙洞がまだ御位におらせられた永保の初めに、国守の違格に連座して、筑紫へ左遷・・・
森鴎外
「山椒大夫」
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・・・もとより彼らは、当時の偶像の遺物を我々が芸術品として鑑賞するがごとく、ただ美的鑑賞の対象として偶像に対したのではないが、しかし無意識の内にも常に偶像の美的魅力から逃れる事はできなかったであろう。百済王が始めて釈迦銅像を献じた時、それを見た我・・・
和辻哲郎
「偶像崇拝の心理」