・・・平素市中の百貨店や停車場などで、疲れもせず我先きにと先を争っている喧騒な優越人種に逢わぬことである。夏になると、水泳場また貸ボート屋が建てられる処もあるが、しかしそれは橋のかかっているあたりに限られ、橋に遠い堤防には祭日の午後といえども、滅・・・ 永井荷風 「放水路」
・・・或る百貨店で初給が男より十七銭か女の方がやすくて、原則として対等にしていたが二三年後には男の方がぐっと上になってしまう。その店のひとの話では、どうしても男の店員は生活問題が痛切ですから仕事の上に責任も感じますから、とこういう相異を必然として・・・ 宮本百合子 「女の歴史」
・・・ 国立百貨店の前、赤いプラカートの洪水だ。 ――帝国主義とファシズムの犠牲者に階級の兄弟プロレタリアートからの挨拶を! また、 ――世界革命、万歳 レーニン廟は修繕中である。今は「レーニン留守」の感じを与える。ひろい板が・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・この間或る婦人雑誌で、百貨店の婦人店員たちが仕舞の稽古をしている写真も見た。 詩吟というものは、ずっと昔も一部の人は好んだろうが、特に幕末から明治の初頭にかけて、当時の血気壮な青年たちが、崩れゆく過去の生活と波瀾の間に未だ形をととのえな・・・ 宮本百合子 「今日の生活と文化の問題」
・・・ 国立百貨店の建物に張りまわされたプラカートの字が夜目にもハッキリ見える。 懐しい日本語で、万国の労働者結合せよと書いた幟も飾ってある。 レーニン廟の赤いイルミネーションは、メーデーの夜、一時過ぎてもまだ絶えない・・・ 宮本百合子 「勝利したプロレタリアのメーデー」
・・・そして流眄で本の題を見て小声で云って見たりしている。百貨店であっちのショウ・ケース、こっちのショウ・ケースと次々のぞく。そのように見ている。 本への愛というようなことは、言葉に出してしまうと誇張された響をもつが、やはり人間の真面目な知慧・・・ 宮本百合子 「祖父の書斎」
・・・―― だって、それはひどい工場労働婦人のことで、われわれのことではないと云う人があったら、その人を百貨店へ案内しよう。 朝から夜まで立ちづめで、「すみません、ありがとうございます。お待ち遠さま」と労働している婦人たちは、どうか。・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
・・・大経営の銀行、百貨店、会社はどこでも、そこに働いている男女の間の恋愛や結婚を禁じている。もし、そういう場合には、どちらかが、多くの場合女が職業をすてなければならない。けれども、今日多くの若い職業婦人が大衆の貧困化から強いられて来ているように・・・ 宮本百合子 「若き世代への恋愛論」
・・・ 五 女を殴る 先日、あるひとが百貨店へ行って買物をしていたら、ついそのわきのところに一組の夫婦がいた。 何かのことで一寸いさかいをしていると思ったら、良人の方がいきなり手にもっていた紙の丸めた棒のようなも・・・ 宮本百合子 「私の感想」
出典:青空文庫