・・・ だが土鼠には、誰れの私有財産でもない太陽と澄んだ空気さえ皆目得られなかった。坑外では、製煉所の銅の煙が、一分間も絶えることなく、昼夜ぶっつゞけに谷間の空気を有毒瓦斯でかきまぜていた。坑内には、湿気とかびと、石の塵埃が渦を巻いていた。彼・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・上に、生存競争のために、人一倍の仕事で済んだものが二倍三倍乃至四倍とだんだん速力を早めておいつかなければならないから、その方だけに時間と根気を費しがちであると同時に、お隣りの事や一軒おいたお隣りの事が皆目分らなくなってしまうのであります。こ・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・ けれども町の様子や、そういうところの仕来りなどを皆目知らない禰宜様宮田は、責任をもって判断は出来なかった。「俺ら、おめえ等に指図あしかねる。 けんども、はあ何んでもお前等が仕合せになってんだら、行ぐも悪かあなかっぺえ。 俺・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・という質問を出したことの中には、日本が皆目分らないのではなく、日本について彼に分っている或ることと或ることとの間の、人間的・社会的必然の繋りが分らない。つまり、日本のそのこととこのこととが、どういう関係で日本人の心の中にそのような形で在り得・・・ 宮本百合子 「「迷いの末は」」
出典:青空文庫