・・・ 十日目、ちょうど地蔵盆で、路地にも盆踊りがあり、無理に引っぱり出されて、単調な曲を繰りかえし繰りかえし、それでも時々調子に変化をもたせて弾いていると、ふと絵行燈の下をひょこひょこ歩いて来る柳吉の顔が見えた。行燈の明りに顔が映えて、眩し・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 第一、俺は見覚えの盆踊りの身振りをしながら、時々独房の中で歌い出したものだ――独房よいとオこ、誰で――もオおいで、ドッコイショ………………附記 田口の話はまだ/\沢山ある。これはそのホンの一部だ。私は又別な・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・ 二 盆踊りとあひる 二度目に沓掛へ来たのが八月十三日である。ひと月前の七月十三日の夜には哲学者のA君と偶然に銀座の草市を歩いて植物標本としての蒲の穂や紅花殻を買ったりしたが、信州では八月の今がひと月おくれの盂蘭盆で・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・ 田舎の農夫等が年中大人しく真面目に働いているのが、鎮守の祭とか、虫送りとか、盆踊りとか、そういう機会に平生の箍をはずして、はしゃいだり怠け遊んだりした。近年は村々に青年会などという文化的なものがあるからおそらく昔のような事は見られまい・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 四 盆踊りというものはこのごろもうなくなったのか、それとも警察の監視のもとにある形式で保存されている所もあるかどうだか私は知らない。 私が前後にただ一度盆踊りを見たのは今から二十年ほど前に南海のある漁村での・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
ことしの夏、信州のある温泉宿の離れに泊まっていたある夜の事である。池を隔てた本館前の広場で盆踊りが行なわれて、それがまさにたけなわなころ、私の二人の子供がベランダの籐椅子に腰かけて、池の向こうの植え込みのすきから見える踊り・・・ 寺田寅彦 「人魂の一つの場合」
・・・しかしこの時代の彼女達の生活が文化の上に残した各地方の労働歌――紡ぎ唄、田植唄、粉挽の時に歌う唄、茶つみ唄、年に一度の盆踊りに歌う唄などは、素朴な言葉の間に脈々とした訴えと憧れとをふくめている。 万葉集には、名もない防人の歌、防人の妻や・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
出典:青空文庫