・・・ 人間が、文化と、精神と霊とを持っているのでなかったら夫婦道というものは初めから無理で意味をなさないのだから、夫婦になる以上は性に関する、文化的、精神的、霊的要求を充分に夫婦道に盛るべきだ。そういう愛を互いに期待すべきだ。だからこのごろ・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・しかし彼は餌を盛るべき何物をも持っていなかった。彼は古新聞紙の一片に自分の餌を包んで来たのであったから。差当って彼も少年らしい当惑の色を浮めたが、予にも好い思案はなかった。イトメは水を保つに足るものの中に入れて置かねば面白くないのである。・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・勿論それが単なる地貌学的ないし生物学的の記述でなく、文学的作品と呼ばれ得る所以は、これらの対象中に作者の人格が滲潤している点にあるが、その作者から流出したものを盛るべき容器が科学的事実である限り、その容器に科学的破綻があっては工合が悪いので・・・ 寺田寅彦 「文学の中の科学的要素」
・・・ 近頃ある薬学者に聞いた話であるが、薬を盛るのに、例えば純粋な下剤だけを用いると、どうも結果は工合よく行かない、しかし下剤とは反対の効果を生じるような収斂剤を交ぜて施用すると大変工合がよいそうである。つまり人間の体内に耆婆扁鵲以上の名医・・・ 寺田寅彦 「マーカス・ショーとレビュー式教育」
・・・夏の日の上りてより、刻を盛る砂時計の九たび落ち尽したれば、今ははや午過ぎなるべし。窓を射る日の眩ゆきまで明かなるに、室のうちは夏知らぬ洞窟の如くに暗い。輝けるは五尺に余る鉄の鏡と、肩に漂う長き髪のみ。右手より投げたる梭を左手に受けて、女はふ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・徳利自身に貴重な陶器がないとは限らぬが、底が抜けて酒を盛るに堪えなかったならば、杯盤の間に周旋して主人の御意に入る事はできんのであります。今かりに大弾丸の空裏を飛ぶ様を写すとする。するとこれを見る方に二通りある。一は単に感覚的で、第一に述べ・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・山と盛る鹿の肉に好味の刀を揮う左も顧みず右も眺めず、只わが前に置かれたる皿のみを見詰めて済す折もあった。皿の上に堆かき肉塊の残らぬ事は少ない。武士の命を三分して女と酒と軍さがその三カ一を占むるならば、ウィリアムの命の三分二は既に死んだ様なも・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・このことは、作品のなかにトピックとして或は題材として世相を盛るということよりは遙にむずかしく深く、そして文学を文学たらしめるものであるのだと思う。〔一九四〇年二月〕 宮本百合子 「地の塩文学の塩」
・・・だが、吉行エイスケが中国の日常風景を作品に盛る場合、作者にとって主要な精髄は、銀座にあるとは種類の変った現代中国エロ・グロ風景だ。資本主義化された海港都市にあって一層グロテスクであるところの中国苦力に乞食。エロチックであるところの植民地中国・・・ 宮本百合子 「プロレタリア文学における国際的主題について」
・・・もとより、わたし一人の作品が民主主義文学の全部を代表するものではあり得ないし、一人の作家の一定の作品に革命的課題の全部――教育問題から土地革命、中小商工業者、民族資本家の問題まで盛ることも不可能です。今日の要求にこたえるべき階級的文学の多面・・・ 宮本百合子 「文学について」
出典:青空文庫