・・・という言葉が耳にはいってこの花の視像をそれと認識すると同時に、一抹の紫色がかった雰囲気がこの盛り花の灰色の団塊の中に揺曳するような気がした。驚いて目をみはってよく見直してもやっぱりこの紫色のかげろいは消失しない。どうしても客観的な色彩としか・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・そして桜花満開の時の光景を叙しては、「若シ夫レ盛花爛漫ノ候ニハ則全山弥望スレバ恰是一団ノ紅雲ナリ。春風駘蕩、芳花繽紛トシテ紅靄崖ヲ擁シ、観音ノ台ハ正ニ雲外ニ懸ル。彩霞波ヲ掩ヒ不忍ノ湖ハ頓ニ水色ヲ変ズ。都人士女堵ヲ傾ケ袂ヲ連ネ黄塵一簇雲集群遊・・・ 永井荷風 「上野」
・・・いろいろな服装や色彩が、処々に配置された橙や青の盛花と入りまじり、秋の空気はすきとおって水のよう、信者たちも又さっきとは打って変って、しいんとして式の始まるのを待っていました。 アーチになった祭壇のすぐ下には、スナイダーを楽長とするオー・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・ローザというのがラスキンの愛した女のひとであったそうで、ストーブのれん瓦にも、盛花にもバラ、バラ、バラ。よく私が服のかり縫いに行ったところが、どこやら面影をとどめながらそのラスキンハウスになっているから、この間父、スエ子づれで行ったら何だか・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ そして小机が一つ置かれて居る陰の多い部屋とうす赤い盛花の色を見て居た。「おっしゃいな? いやなんですか?「いいえ、でも何と云い出したらいいんだかわからないんでねえこまってるんです――が、 私が一番辛い事に思ってる事は両・・・ 宮本百合子 「千世子(三)」
・・・色とりどり実にふんだんな卓上の盛花、隅の食器棚の上に並べられた支那焼花瓶、左右の大聯。重厚で色彩が豊富すぎる其食堂に坐った者とては、初め私達二人の女ぎりであった。人間でないものが多すぎる。其故、花や陶器の放つ色彩が、圧迫的に曇天の正午を生活・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・ 玩具のふくろうを間ぬけな目つきをしてポッポーと吹きならして見たり、とんだりはねたりもんどりうたして見たり、盛花の菊の弁をひっぱって見たりして、私はどれからも満足したふっくりした気分をうけとれないいまいましさに、いつものくせにピリッと眉・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・もうちゃんと食卓がこしらえて、アザレエやロドダンドロンを美しく組み合せた盛花の籠を真中にして、クウウェエルが二つ向き合せておいてある。いま二人くらいははいられよう、六人になったら少し窮屈だろうと思われる、ちょうどよい室である。 渡辺はや・・・ 森鴎外 「普請中」
出典:青空文庫