・・・彼等は仇を取った後、警官の捕縛するところとなり、ことごとく監獄に投ぜられた。しかも裁判を重ねた結果、主犯蟹は死刑になり、臼、蜂、卵等の共犯は無期徒刑の宣告を受けたのである。お伽噺のみしか知らない読者はこう云う彼等の運命に、怪訝の念を持つかも・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・彼はクロンプトン・マッケンジイがどうとか言ったかと思うと、ロシアの監獄へは、牢やぶりの器械を売りに来るとかなんとか言う。何をしゃべっているのだか、わからない。ただ、君を見送ってから彼が沼津へ写生にゆくということだけは、何度もきき返してやっと・・・ 芥川竜之介 「出帆」
・・・廊下は僕にはホテルよりも監獄らしい感じを与えるものだった。しかし幸いにも頭痛だけはいつの間にか薄らいでいた。 僕の部屋には鞄は勿論、帽子や外套も持って来てあった。僕は壁にかけた外套に僕自身の立ち姿を感じ、急いでそれを部屋の隅の衣裳戸棚の・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ やはり廉立ったおちつきを見せた頭附をして検事の後の三人目の所をフレンチは行く。 監獄の廊下は寂しい。十五人の男の歩く足音は、穹窿になっている廊下に反響を呼び起して、丁度大きな鉛の弾丸か何かを蒔き散らすようである。 処刑をする広・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・そこで未決檻に入れられてから、女房は監獄長や、判事や、警察医や、僧侶に、繰り返して、切に頼み込んで、これまで夫としていた男に衝き合せずに置いて貰う事にした。そればかりではない。その男の面会に来ぬようにして貰った。それから色々な秘密らしい口供・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・死んで行った人、雪の中の監獄のT君、そして自分らだってちっとも幸福ではない。 私も惨めであるが、Fも可哀相だった。彼は中学入学の予習をしているので、朝も早く、晩日が暮れてから遠い由比ヶ浜の学校から帰ってくるのだった。情愛のない、暗い、む・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・十二歳ごろの時、浮浪少年とのかどで、しばらく監獄に飼われていたが、いろいろの身のためになるお話を聞かされた後、門から追い出された。それから三十いくつになるまで種々な労働に身を任して、やはり以前の浮浪生活を続けて来たのである。この冬に肺を病ん・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・一章 死生第二章 運命第三章 道徳―罪悪第四章 半生の回顧第五章 獄中の回顧 第一章 死生 一 わたくしは、死刑に処せらるべく、いま東京監獄の一室に拘禁されている。 ああ、・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
一 私は死刑に処せらるべく、今東京監獄の一室に拘禁せられて居る。 嗚呼死刑! 世に在る人々に取っては、是れ程忌わしく恐ろしい言葉はあるまい、いくら新聞では見、物の本では読んで居ても、まさかに自分が此忌わ・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・―― 小さい時から仲のよかったお安は、この秋には何とか金の仕度をして、東京の監獄にいる兄に面会に行きたがった。母と娘はそれを楽しみに働くことにした。健吉からは時々検印の押さった封緘葉書が来た。それが来ると、母親はお安に声を出して読ませた・・・ 小林多喜二 「争われない事実」
出典:青空文庫