・・・少なくもわれわれ目明きの世界においては、一つの雑音あるいは騒音の聴覚によって喚起される心像は非常に多義的なものである。たとえば風の音は衣ずれの音に似通い、ため息の声にも通じる。タイプライターの音は機関銃にも、鉄工場のリベットハマーの音にも類・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
俗に明き盲というものがあります。両の目は一人前にあいていながら、肝心の視神経が役に立たないために何も見る事ができません。またたとい目明きでも、観察力の乏しい人は何を見てもただほんの上面を見るというまでで、何一つ確かな知・・・ 寺田寅彦 「夏の小半日」
・・・手引といって一人位は目明きも交る。彼らは手引を先に立てて村から村へ田甫を越える。げた裾から赤いゆもじを垂れてみんな高足駄を穿いて居る。足袋は有繋に白い。荷物が図抜けて大きい時は一口に瞽女の荷物のようだといわれて居る其紺の大風呂敷を胸に結んで・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・顔面が何であるかを知らない人は目明きには一人もないはずであるが、しかも顔面ほど不思議なものはないのである。 我々は顔を知らずに他の人とつき合うことができる。手紙、伝言等の言語的表現がその媒介をしてくれる。しかしその場合にはただ相手の顔を・・・ 和辻哲郎 「面とペルソナ」
出典:青空文庫