・・・ そのときはもうまっ先の烏の大尉は、四へんほど空で螺旋を巻いてしまって雲の鼻っ端まで行って、そこからこんどはまっ直ぐに向うの杜に進むところでした。 二十九隻の巡洋艦、二十五隻の砲艦が、だんだんだんだん飛びあがりました。おしまいの二隻・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・と云い乍ら、こごんで巻煙草に火をつけ、一ふきふかすと、直ぐ「其じゃあ失礼致しましょうか」と云い出した。 煙草を出すところから、火をつけ終るまで、悠くりした心持で見て居た自分は、突然そう云われた刹那、火をつけたばかりの煙草をど・・・ 宮本百合子 「或日」
・・・書類中には直ぐに課長の処へ持って行くのもある。 その間には新しい書類が廻って来る。赤札のは直ぐに取り扱う。その外はどの山かの下へ入れる。電報は大抵赤札と同じようにするのである。 為事をしているうちに、急に暑くなったので、ふいと向うの・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ 灸は起きると直ぐ二階へ行った。そして、五号の部屋の障子の破れ目から中を覗いてみたが、蒲団の襟から出ている丸髷とかぶらの頭が二つ並んだまままだなかなか起きそうにも見えなかった。 灸は早く女の子を起したかった。彼は子供を遊ばすことが何・・・ 横光利一 「赤い着物」
・・・ 己が会釈をすると、エルリングは鳥打帽の庇に手を掛けたが、直ぐそのまま為事を続けている。暫く立って見ている内に、階段は立派に直った。「お前さんも海水浴をするかね」と、己が問うた。「ええ。毎晩いたします。」「泳げるかね。」・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・それならあなた、弟さんを直ぐに連れてお帰りなさいましよ。御容体が悪くたって、その方が好うございますわ。あちらは春の初には、なんでも物悲しゅうございますの。人間の生も死も。」声は闇の中から聞えるのである。フィンクは聞きながら、少し体を動かした・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫