・・・ こう云われた堀尾一等卒は、全身の筋肉が硬化したように、直立不動の姿勢になった。幅の広い肩、大きな手、頬骨の高い赭ら顔。――そう云う彼の特色は、少くともこの老将軍には、帝国軍人の模範らしい、好印象を与えた容子だった。将軍はそこに立ち止ま・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ Sはちゃんと直立し、A中尉の顔を見ていたものの、明らかにしょげ切っているらしかった。「輸入とは外から持って来たものであります。」「何のために外から持って来たか?」 A中尉は勿論何のために持って来たかを承知していた。が、Sの・・・ 芥川竜之介 「三つの窓」
・・・しかし毛利先生は、ストオヴの前へ小さな体を直立させて、窓硝子をかすめて飛ぶ雪にも全然頓着せず、頭の中の鉄条が一時にほぐれたような勢で、絶えず読本をふりまわしながら、必死になって叫びつづける。「Life is real, life is ea・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・ なふだに医学博士――秦宗吉とあるのを見た時、……もう一人居た、散切で被布の女が、P形に直立して、Zのごとく敬礼した。これは附添の雑仕婦であったが、――博士が、その従弟の細君に似たのをよすがに、これより前、丸髷の女に言を掛けて、その人品・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・とても直立しては歩けない。省作はようやくのことよちよち腰をまげつつ歩いて井戸ばたへ出たくらいだ。下女のおはまがそっと横目に見てくすっと笑ってる。「このあまっこめ、早く飯をくわせる工夫でもしろ……」「稲刈りにもまれて、からだが痛いから・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・ 起きて電燈をつけて玄関に出て見ますと、さっきの若いひとが、ほとんど直立できにくいくらいにふらふらして、「奥さん、ごめんなさい。かえりにまた屋台で一ぱいやりましてね、実はね、おれの家は立川でね、駅へ行ってみたらもう、電車がねえんだ。・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・これから、よろしく、教えて下さい。直立不動の姿勢でもってそうお願いしてしまったので、商人、いいえ人違いですと鼻のさきで軽く掌を振る機会を失い、よし、ここは一番、そのくぼたとやらの先生に化けてやろうと、悪事の腹を据えたようである。 ――は・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・高橋君は、すぐ編輯長に呼ばれて、三時間、直立不動の姿勢でもって、説教きかされ、お説教中、五たび、六たび、編輯長をその場で殺そうと決意したそうでございます。とうとう仕舞いには、卒倒、おびただしき鼻血。私たち、なんにも申し合わせなかったのに、そ・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・熊本君は、お金を受け取り、眼鏡の奥の小さい眼を精一ぱいに見開いて、直立不動の姿勢で言った。「たしかに、おあずかり致します。他日、佐伯君の学業成った暁には、――」「いや、それには及びません。」私は、急に、てれくさくて、かなわなくなった。お・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ ステッキの先端を空中に向けて直立させているとそれに来てとまる。そこでステッキをその長軸のまわりに静かに回転させると、とんぼはステッキの回るのとは逆の方向にからだを回して、周囲の空間に対して、常に一定の方向を保とうとする。そういう話を前・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
出典:青空文庫