・・・その線がふとい鋼鉄の直線のように思われた。その他は誰もない。」「死して、なおすすむ。」「長生をするために生きて居る。」「蹉跌の美。」「Fact だけを言う。私が夜に戸外を歩きまわると、からだにわるいのが痛快にからだにこたえて、よくわかるのだ・・・ 太宰治 「めくら草紙」
・・・ 音が空間を描き出すのは、音の伝播が空間的であって光のごとく直線的でないためである。それがためにまたわれわれは音の来る角度を制限することができない。広い視野のうちから一定のわくによって限られた部分だけを切り取って映出するという光学的技法・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ ロスの方は体躯も動作も曲線的弾性的であるのに対してマックの方は直線的機械的なように見え、また攻勢防勢の駈引も前者の方がより多く複雑なように見えたので、自分は前に見たベーアとカルネラとの試合と比較して、ロスが最後の勝利を占めるのではない・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・下のほうからカメラを上向けに、対眼点を高くしてとったために三人の垂直線が互いに傾き合って天の一方に集中しようとした形に現われ、しかも三人の頭が画面の上端に接近しているのでいっそう不思議な効果を呈するのである。これが単にちょっと一風変わった構・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 第二のテーマでは鉛直な直線の断片が自身に並行にS字形の軌跡を描いて動く。トリオの部分は概して水平な短い直線の断片が現われてそれがちょうど編隊飛行の飛行機が風に吹き散らされてでもいるような運動をする。これを見ながら同時にこの曲を聞いてい・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
・・・ これらと少し種類はちがうが、紙上に水平に一直線を描いて、その真中から上に垂直に同長の直線を立てると、その垂直線の方が長く見える。顔の長い人が鳥打帽を冠ると余計に顔が長く見えるという説があるが、これもなんだか関係がありそうである。 ・・・ 寺田寅彦 「観点と距離」
・・・見下すと河岸の石垣は直線に伸びてやがて正しい角度に曲っている。池かと思うほど静止した堀割の水は河岸通に続く格子戸づくりの二階家から、正面に見える古風な忍返をつけた黒板塀の影までをはっきり映している。丁度汐時であろう。泊っている荷舟の苫屋根が・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・その高低を線で示せば平たい直線では無理なので、やはり幾分か勾配のついた弧線すなわち弓形の曲線で示さなければならなくなる。こんなに説明するとかえって込み入ってむずかしくなるかも知れませんが、学者は分った事を分りにくく言うもので、素人は分らない・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・ 普通犬の鳴き声というものは、後も先も鉈刀で打ち切った薪雑木を長く継いだ直線的の声である。今聞く唸り声はそんなに簡単な無造作の者ではない。声の幅に絶えざる変化があって、曲りが見えて、丸みを帯びている。蝋燭の灯の細きより始まって次第に福や・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・二本の足を硬く揃えて、胴と直線に伸ばしていた。自分は籠の傍に立って、じっと文鳥を見守った。黒い眼を眠っている。瞼の色は薄蒼く変った。 餌壺には粟の殻ばかり溜っている。啄むべきは一粒もない。水入は底の光るほど涸れている。西へ廻った日が硝子・・・ 夏目漱石 「文鳥」
出典:青空文庫