・・・立派な身なりの、五十年配の奥さんが、椿屋の勝手口にお酒を売りに来て、一升三百円、とはっきり言いまして、それはいまの相場にしては安いほうですので、おかみさんがすぐに引きとってやりましたが、水酒でした。あんな上品そうな奥さんさえ、こんな事をたく・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・私をその小都会に連れて行った婆さんも、ただものではないらしくある男にビールを一本渡してそのかわりに私を受け取り、そうしてこんどはその小都会に葡萄酒の買出しに来て、ふつう闇値の相場は葡萄酒一升五十円とか六十円とかであったらしいのに、婆さんは膝・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・浮世絵の相場が西洋人の顧客によって制定されると一般である。また日本人の独創的な科学的研究でも、西洋人が一度きわめをつけないと、学位さえもらえないことがあるのとも一般である。 モンタージュはすなわちモンテーであり、マウンティングであり、日・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 相場師か請負師とでもいったような男が二人、云い合わせたように同じ服装をして、同じ折かばんを膝の上に立てたり倒したりしながら大きな声で話していた。四万円とか、一万坪とか、青島とか、横須賀とかいう言葉が聞こえた時に私の頭にはどういうものか・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・政治家と相結んで国家的公共の事業を企画し名を売り利を釣る道を知らず、株式相場の上り下りに千金を一攫する術にも晦い。僕は文士である。文士は芸術家の中に加えられるものであるが、然し僕はもう老込んでいるから、金持の後家をだます体力に乏しく、また工・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・な事は平民たる我々風情のすまじき事である、のみならず捕虜の分際として推参な所作と思わるべし、孝ならんと欲すれば礼ならず、礼ならんと欲すれば孝ならず、やむなくんば退却か落車の二あるのみと、ちょっとの間に相場がきまってしまった、この時事に臨んで・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
・・・楠正成と豊臣秀吉とどっちが偉いと云うが、見方でいろいろな結論もできるし、そう白でなければ黒といった風に手早く相場をつける訳にも行かないし、要するに複雑な智識があればあるほど面喰うようになります。 こんな例を御話しするのはただ馬鹿らしいか・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・されどもまず米の相場を一両に一斗と見込み、この割合にすれば、たとい塾中におるも外に旅宿するも、一ヶ月金六両にて、月俸、月金、結髪、入湯、筆紙の料、洗濯の賃までも払うて不自由なかるべし。ただし飲酒は一大悪事、士君子たる者の禁ずべきものなれば、・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾新議」
・・・――この間うちの相場は、二百円だった」「一票が、かい?」「ああ。百円じゃいやだというそうだ。東京じゃ米で買う奴が多いらしいね」 そこへ、一台電車が入って来た。プラットフォームの群集は、例のとおり、止りかかる電車目がけて殺到した。・・・ 宮本百合子 「一刻」
・・・ 三 きのうの相場 一月の中ごろに、引越しをして小さな家を持った。これまで家を持たなかったわけではないから、いろいろな世帯道具は大体古くからのがあったが、鍋や釜、火箸、金じゃくし、灰ふるい、五徳、やかんの類は、・・・ 宮本百合子 「打あけ話」
出典:青空文庫