・・・』 アウシュコルンは吃った、『だって手帳は出て来ただあ!』 相手はまた怒鳴った、『黙れ、老耄、拾った奴が一人いて、返した奴が別に一人いたのよ。それで世間の者はみんなばかなのさ。』 老人は呼吸を止めた。かれはすっかり知った・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・目の先ばかり見える近眼どもを相手にするな。そこでその死なぬはずのおれが死んだら、お許しのなかったおれの子じゃというて、おぬしたちを侮るものもあろう。おれの子に生まれたのは運じゃ。しょうことがない。恥を受けるときは一しょに受けい。兄弟喧嘩をす・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・ツァウォツキイはえらい喧嘩坊で、誰をでも相手に喧嘩をする。人を打つ。どうかすると小刀で衝く。窃盗をする。詐偽をする。強盗もする。そのくせなかなかよい奴であった。女房にはひどく可哀がられていた。女房はもとけちな女中奉公をしていたもので十七にな・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・観察をすると有効な場合はあるが、観察したことのために相手が変化をしてしまうので、もう自然な姿は見られない。殊に何ものよりも一番大切な人の顔がそうである。誰からも尊敬されているような人物よりも、誰からも軽蔑されている人物の方が正確に人をよく見・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・ この時相手は初めて顔を上げた。「小説家でおいでなさるのですか。デネマルクの詩人は多くこの土地へ見えますよ。」「小説なんと云うものを読むかね。」 エルリングは頭を振った。「冬になると、随分本を読みます。だが小説は読みません。若い・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・この詞を、フィンクは相手の話を遮るように云って、そして心のうちでは、また下らないことを云ったなと後悔した。「ええ。わたくしはまだ若うございます。」女はさっぱりと云った。そしてそう云いながら微笑んだらしく思われた。それからこう云った。「そ・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・愚痴をこぼすのは相手から力と愛を求めることです。相手にそれだけ力と愛とが横溢していない時には、勢い愚痴は相手を弱め陰気にします。我々から愛を求めている者に対して我々の愚痴を聞かせるのはあまりに心なき業だと思います。 私たちは未来を知らな・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫