・・・ この兄貴らしい心もちは、勿論一部は菊池の学殖が然しめる所にも相違ない。彼のカルテュアは多方面で、しかもそれ/″\に理解が行き届いている。が、菊池が兄貴らしい心もちを起させるのは、主として彼の人間の出来上っている結果だろうと思う。ではそ・・・ 芥川竜之介 「兄貴のような心持」
・・・負けじ魂の老人だけに、自分の体力の衰えに神経をいら立たせていた瞬間だったのに相違ない。しかも自分とはあまりにかけ離れたことばかり考えているらしい息子の、軽率な不作法が癪にさわったのだ。「おい早田」 老人は今は眼の下に見わたされる自分・・・ 有島武郎 「親子」
・・・それならば我々は、白鳥氏対藤村氏、泡鳴氏対抱月氏のごとく、人生に対する態度までがまったく相違している事実をいかに説明すればよいのであるか。もっともこれらの人の名はすでになかば歴史的に固定しているのであるからしかたがないとしても、我々はさらに・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・東遊記なるは相違あらじ。またあらざらん事を、われらは願う。観聞志もし過ちたらんには不都合なり、王勃が謂う所などはどうでもよし、心すべき事ならずや。 近頃心して人に問う、甲冑堂の花あやめ、あわれに、今も咲けるとぞ。 唐土の昔、咸寧の吏・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・浅いか深いかわからぬが深いには相違ない。平生見つけた水の色ではない、予はいよいよ現世を遠ざかりつつゆくような心持ちになった。「じいさん、この湖水の水は黒いねー、どうもほかの水とちがうじゃないか」「ヘイ、この海は澄んでも底がめいません・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・ その田島がてッきり来ているに相違ないと思ったから、僕はこッそり二階のはしご段をあがって行った。八畳の座敷が二つある、そのとッつきの方へはいり、立てかけてあった障子のかげに隠れて耳をそば立てた。「おッ母さんは、ほんとに、どうする気だ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・私の外曾祖父は前にもいう通り、『美少年録』でも『侠客伝』でも皆謄写した気根の強い筆豆の人であったから、『八犬伝』もまた初めは写したに相違ないが、前数作よりも一層感嘆措かなかったので四、五輯頃から刊本で揃えて置く気になったのであろう。それから・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・事業も実に大遺物たるには相違ない、ほとんど最大遺物というてもようございますけれども、いまだこれを本当の最大遺物ということはできない。文学も先刻お話ししたとおり実に貴いものであって、わが思想を書いたものは実に後世への価値ある遺物と思いますけれ・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・決闘の結果は予期とは相違していましたが、兎に角わたくしは自分の恋愛を相手に渡すのに、身を屈めて、余儀なくせられて渡すのではなく、名誉を以て渡そうとしたのだというだけの誇を持っています。」「どうぞ聖者の毫光を御尊敬なさると同じお心持で、勝・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・あのいい音色で歌う鳥は、姿もまた美しいには相違ないけれど、みずみずしい木の芽を見つけると、きっと、それをくちばしでつついて、食い切ってしまうからです。そのくせ、鳥は木が大きくなってしげったあかつきには、かってにその枝に巣を造ったり、また夜に・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
出典:青空文庫