・・・現に死刑の行われた夜、判事、検事、弁護士、看守、死刑執行人、教誨師等は四十八時間熟睡したそうである。その上皆夢の中に、天国の門を見たそうである。天国は彼等の話によると、封建時代の城に似たデパアトメント・ストアらしい。 ついでに蟹の死んだ・・・ 芥川竜之介 「猿蟹合戦」
・・・ 爬虫類の標本室はひっそりしている。看守さえ今日は歩いていない。その中にただ薄ら寒い防虫剤の臭いばかり漂っている。中村は室内を見渡した後、深呼吸をするように体を伸ばした。それから大きい硝子戸棚の中に太い枯れ木をまいている南洋の大蛇の前に・・・ 芥川竜之介 「早春」
・・・ その後、誰か一人が合図をすると、皆は看守に気取られないように、――顔は看守の方へ向けたまゝ、身体だけをズッて寄って行くことになった。「ちえッ! 又、ズロースをはいてやがる!」 なれてくると、俺もそんな冗談を云うようになった。・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・それから裁判所へ廻ってから面会させてもらったら、その時はホウ帯ば外していたがどうしたんだと訊いたら、看守の方ば見て、耳が悪かったんだと云うんだ。俺、うそこさッて云ってやった。それから話していると、まるでトッチンかんのことばかり云うんでないか・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・寝ずの番の看守、うろ、うろ。この人間倉庫の中の、二十余名の患者すべてに、私のからだを投げ捨てて、話かけた。まるまると白く太った美男の、肩を力一杯ゆすってやって、なまけもの! と罵った。眼のさめて在る限り、枕頭の商法の教科書を百人一首を読むよ・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・全被告、声を合せ、涙を垂れて、開扉を頼んだが、看守はいつも頻繁に巡るのに、今は更に姿を見せない。私は扉に打つかった。私はまた体を一つのハンマーの如くにして、隣房との境の板壁に打つかった。私は死にたくなかったのだ。死ぬのなら、重たい屋根に押し・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・そして読みながら上着のぼたんやなんかしきりに直したりしていましたし燈台看守も下からそれを熱心にのぞいていましたから、ジョバンニはたしかにあれは証明書か何かだったと考えて少し胸が熱くなるような気がしました。「これは三次空間の方からお持ちに・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・ 最近あらわれた元看守のファシストである暗殺者さえ、属する団体は民主化同盟という名をもっている。もういっそう手のこんでいる政治的な場面では、封建的というどんな表現さえもつかわずに、日本の封建性が旧勢力の利益のために最大限につかわれている・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・一段高いところにちょこなんと首だけ出して、古くさい法官帽に涎かけのような模様のついた服を着た裁判官がパラ・パラ着席しています。看守や巡査が多勢います。丹野せつ子やその他二人ばかりの婦人闘士の姿も見えます。 傍聴人が席についてしまうと、宮・・・ 宮本百合子 「共産党公判を傍聴して」
・・・ 夜前、神明町辺の博士の家とかに強盗が入ったのがつかまった。看守と雑役とが途切れ、途切れそのことについて話すのを、留置場じゅうが聞いている。二つの監房に二十何人かの男が詰っているがそれらはスリ、かっぱらい、無銭飲食、詐欺、ゆすりなどが主・・・ 宮本百合子 「刻々」
出典:青空文庫