・・・文雄の両親もいっしょうけんめいで看病いたしました。けれど、ついに文雄はなおりませんでした。枕もとにすわって、心配そうに自分の顔を見つめている、友だちの良吉をじっと見て、「早くなおって、また君といっしょに遊ぼうね。」と、文雄はやつれた・・・ 小川未明 「星の世界から」
・・・お君は自分の命をすりへらしてもと、豹一の看病に夜も寝なかった。自分をつまらぬ者にきめていた豹一は、放浪の半年を振りかえってみて、そんな母親の愛情が身に余りすぎると思われ、涙脆く、すまない、すまないと合掌した。お君はもう笑い声を立てることもな・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ と、知っていたのか、簡単に皮肉られて、うろたえ、まる三日間二人掛りで看病してやったが、実は到頭中風になってしまっていた婆さんの腰が、立ち直りそうにもなかった。「――これももと言うたら、あんたらがわてをこき使うたためや」 と、お・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ 寺田は一代が死んで間もなく史学雑誌の編輯をやめさせられた。看病に追われて怠けていた上、一代が死んだ当座ぽかんとして半月も編輯所へ顔を見せなかったのだ。寺田はまた旧師に泣きついて、美術雑誌の編輯の口を世話してもらった。編輯員の二人までが・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・幸い一命を取りとめ、手術もせずに全快したのは一枝や、千代やそれから千代の隣の水原芳枝という駅の改札員をしている娘たちの看病の賜といってはいい過ぎだろうか。この三人は小隊長の病気以来ずっとこの家に泊りこんでいるのである。オトラ婆さんだけに小隊・・・ 織田作之助 「電報」
・・・蝶子は派出婦を雇って、夜の間だけ柳吉の看病してもらい、ヤトナに出ることにした。が、焼石に水だった。手術も今日、明日に迫り、金の要ることは目に見えていた。蝶子の唄もこんどばかりは昔の面影を失うた。赤電車での帰り、帯の間に手を差し込んで、思案を・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・『実はわたしも驚いてしまったのだ、昨夜何屋の若者が来て、これこれの客人がすぐ来てくれろというから行って見ると、その人はあっちで吉さんとごく懇意にしていた方で、吉さんが病気を親切に看病してくださったそうな。それで吉さんの死ぬる時吉さんから・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ あたしはあなたの留守に大病して、ひどい熱を出して、誰もあたしを看病してくれる人がなくて、しみじみあなたが恋いしくなって、あたしが今まであなたを馬鹿にしていたのは本当に間違った事だったと後悔して、あなたのお帰りを、どんなにお待ちしていたかわ・・・ 太宰治 「竹青」
・・・こうしてお前に看病してもらいながら早く死にたい。あたしには、それが一ばん仕合せなのです。茶の間の時計が、ゆっくり十時を打つのが聞える。あら、もう十時よ。葛湯でもこしらえて来ましょう。本当に、何か召し上らないと。おお、・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・僕が責任を持つから」「僕の病気の責任を持ったって、しようがないじゃないか。僕の代理に病気になれもしまい」「まあ、いいさ。僕が看病をして、僕が伝染して、本人の君は助けるようにしてやるよ」「そうか、それじゃ安心だ。まあ、少々あるくか・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫