・・・其処へ東京から新任の県知事がお乗込とあるについて、向った玄関に段々の幕を打ち、水桶に真新しい柄杓を備えて、恭しく盛砂して、門から新筵を敷詰めてあるのを、向側の軒下に立って視めた事がある。通り懸りのお百姓は、この前を過ぎるのに、「ああっ、・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・……まず、開通式といった日に、ここの村長――唯今でも存命で居ります――年を取ったのが、大勢と、村口に客の歓迎に出ておりました。県知事の一行が、真先に乗込んで見えた……あなた、その馬車――」 自動車の警笛に、繰返して、「馬車が、真正面・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ 一 何公爵の旧領地とばかり、詳細い事は言われない、侯伯子男の新華族を沢山出しただけに、同じく維新の風雲に会しながらも妙な機から雲梯をすべり落ちて、遂には男爵どころか県知事の椅子一にも有つき得ず、空しく故郷・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・父が長崎の県知事をしていたときに、招かれて、こちらの区長に就任したのでございますが、それは、ちょうど私が十二の夏のことで、母も、その頃は存命中でありました。父は、東京の、この牛込の生れで、祖父は陸中盛岡の人であります。祖父は、若いときに一人・・・ 太宰治 「誰も知らぬ」
・・・後で知ったのだが、その割烹店は、県知事はじめ地方名士をのみ顧客としている土地一流の店の由。なるほど玄関も、ものものしく、庭園には大きい滝があった。玄関からまっすぐに長い廊下が通じていて、廊下の板は、お寺の床板みたいに黒く冷え冷えと光って、そ・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
・・・ 衛生を重ずるため、出来る限りかかる不潔を避けようためには県知事様でもお泊りになるべきその土地最上等の旅館へ上って大に茶代を奮発せねばならぬ。単に茶代の奮発だけで済む事なら大した苦痛ではないが、一度び奮発すると、そのお礼としてはいざ汽車・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・千葉のファシスト地下組織は、もと上海特務機関中尉である大島軍司という人物を中心にして、千葉県知事、市長、成田山の僧正、千葉市警察署長、その他各地の警察署長とれんらくして、大島は警察パス、外務省パスを所持して、現在は法務庁に籍を持っているそう・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
出典:青空文庫