・・・ 銭湯へ行く時には、道も明るかったのに、帰る時には、もう真っ暗だった。燈火管制なのだ。もうこれは、演習でないのだ。心の異様に引きしまるのを覚える。でも、これは少し暗すぎるのではあるまいか。こんな暗い道、今まで歩いた事がない。一歩一歩、さ・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・ もう戸外はすっかり真っ暗になってしまった。此だだっ広い押しつぶしたような室は、いぶったランプのホヤのようだった。「いつ頃から君はここで、こんな風にしているの」私は努めて、平然としようと骨折りながら訊いた。彼女は今私が足下の方に踞っ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・窓からさしているかと思って、窓を見れば、窓は真っ暗だ。「瓦斯煖炉の明りかな」と思って見ると、なるほど、礬土の管が五本並んで、下の端だけ樺色に燃えている。しかしその火の光は煖炉の前の半畳敷程の床を黄いろに照しているだけである。それと室内の青白・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫