・・・ふと鶏は頭をあげると、貨車に鉄のかごがのせられてあって、その内から真っ黒な怖ろしい動物が、じっと円い光る目で、こちらを見ているのに出あってびっくりいたしました。鶏は、コッ、コッ、といって、友だちを呼ぼうとしました。すると、くまは、穏やかに話・・・ 小川未明 「汽車の中のくまと鶏」
・・・ ちょうど、そのときであります。真っ黒な雲を破って、青くさえた月がちょっと顔を出しました。そして、月はいいました。「おまえがこの北の国の宝をみんな南に持っていってしまう、その罰だ。海も、山も、その宝がほかの遠い国へゆくのを悲しんでい・・・ 小川未明 「宝石商」
・・・これは夢でないかと驚きまして、さっそく鏡の前にいって映った姿を見ますと、真っ黒なつやつやした髪の毛がたくさんになって、そのうえ自分の顔ながら、見違えるように美しくなっていました。少女は、これを見ると、いままで泣いていた悲しみは忘れられて、思・・・ 小川未明 「夕焼け物語」
・・・城山は真っ黒な影を河に映している。澱んで流るる辺りは鏡のごとく、瀬をなして流るるところは月光砕けてぎらぎら輝っている。豊吉は夢心地になってしきりに流れを下った。 河舟の小さなのが岸に繋いであった。豊吉はこれに飛び乗るや、纜を解いて、棹を・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・うの字峠の坂道を来ると、判事さんが、ちょっと立ち止まって、渓流の岩の上に止まっていた小さな真っ黒な鳥を打った。僕が走って行ってこれを拾うて来て判事さんに渡すと、判事さんは何か小声で今井の叔父さんに言ったが、叔父さんはまじめな顔をして『ありが・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・それぎりで客へは何の挨拶もしない、その後ろ姿を見送りもしなかった。真っ黒な猫が厨房の方から来て、そッと主人の高い膝の上にはい上がって丸くなった。主人はこれを知っているのかいないのか、じっと目をふさいでいる。しばらくすると、右の手が煙草箱の方・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・そんな連中は入ってくると、臭いジト/\したシャツを脱いで、虱を取り出した。真っ黒なコロッとした虱が、折目という折目にウジョ/\たかっていた。 一度、六十位の身体一杯にヒゼンをかいたバタヤのお爺さんが這入ってきたことがあった。エンコに出て・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・縁先の蓆に広げた切芋へ、蠅が真っ黒に集って、まるで蠅を干したようになっているのがある。だけれど、初やに聞くというのは、何だか、小母さんが言わないでいることを蔭へ廻って探るようで変である。聞くまい。知れる時には知れるのだ。自分はなぜこんなに藤・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
出典:青空文庫