・・・を講義していても、講義し切れないものがあるのだから恐ろしい。真個にひとのことではないと思う。さて、此から私の書き並べて行こうとする本の中で真個に読んだのは極小部分である。其れ等の本を近いうちに読んで見たいと思っているのであるから、此処に其名・・・ 宮本百合子 「最近悦ばれているものから」
・・・つまり、私は漸々自分に生きて来たのでございましょう。真個に足を地につけて、生き物として生き始めたとでも申しましょうか。今までの私は、生きると云う事を生きて来たのだと申さずには居られません。 概念と、只、自分のみの築き上げた象牙の塔に立て・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・其等の欠点に対しての自分は、真個に何処までも謙譲ではありますけれども、此頃になって、あの作は私の一生の生活を通してかなり大切なものになって来ました。そして、その大切なものとなった原因は、自分にとってあの作を、彼程満足出来ないものとした全く同・・・ 宮本百合子 「沁々した愛情と感謝と」
ジムバリストの演奏をきき、深く心に印されたことは、つまり芸術は、どんな種類のものでも、真個のよさに至ると、全く同じような感動、絶対性を持っていると云うことです。自分は、まるで素人で、楽譜に対する知識さえ持っていませんでした・・・ 宮本百合子 「ジムバリストを聴いて」
・・・そうだ。真個にそうである。 何に、彼那人が彼那事を云ったって、自分の生命の価値に何の損失も与える事は出来ないのだ、とは思う。又思うのみならず其を信じて疑わない。けれども、信じ安じるべきであるに拘らず、その不愉快さは依然としてドス黒いかた・・・ 宮本百合子 「樹蔭雑記」
・・・ 書斎は、何処やらどっしりしたのが好きですけれども、客間食堂は、真個にくつろいだ、愉快な処にしたく思います。 気取って、金縁の椅子等を置いたのではなく、大きなやや古風なファイア・プレースでもあり、埋まってしまうような大椅子、長椅・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・ それは真個のおしゃれが低い意味での技巧で追つかないと同じで、心のおしゃれも、生々した感受性や、感じたものを細やかにしっとりと味わって身につけてゆく力や、心の波を周囲への理解の中で而もたっぷり表現してゆく力や、そう云うものの磨かれて・・・ 宮本百合子 「女性の生活態度」
・・・ その微かな閃光、その高まり来る諧調を、誤たず、混同せず文字に移し載せられた時、私共は、真個に、湧き出た新鮮な創作の真と美とに触れられる。昔、仏像の製作者が、先ず斎戒沐浴して鑿を執った、そのことの裡に潜む力は、水をかぶり、俗界と絶つ緊張・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
・・・あらゆる困窮の裡にあって、変らぬ助手とし、友とし、愛人として暖く男子の生涯を護った女性に、彼等祖先は、真個のノストラ・マーターの永遠性を感得せずにはいられなかったのです。まして、その時代には、移住した男子の数より遙に女性のそれは少なかったで・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・ 私は、姓によって、彼を遇することを異るような世間には、世話にならないで生きて行くと云った。真個に、我々が生きて行く世界は其那浅薄なものではないのだ、と断言した。が、母上は、我々の突然な結婚によって受けた苦痛、恥辱の感、それを如何うして・・・ 宮本百合子 「小さき家の生活」
出典:青空文庫