・・・――もっと深入した事は、見たまえ、ほっとした草臥れた態で、真中に三方から取巻いた食卓の上には、茶道具の左右に、真新しい、擂粉木、および杓子となんいう、世の宝貝の中に、最も興がった剽軽ものが揃って乗っていて、これに目鼻のつかないのが可訝いくら・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・其処へ東京から新任の県知事がお乗込とあるについて、向った玄関に段々の幕を打ち、水桶に真新しい柄杓を備えて、恭しく盛砂して、門から新筵を敷詰めてあるのを、向側の軒下に立って視めた事がある。通り懸りのお百姓は、この前を過ぎるのに、「ああっ、・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・これが真新しいので、ざっと、年よりは少く見える、そのかわりどことなく人体に貫目のないのが、吃驚した息もつかず、声を継いで、「驚いたなあ、蝮は弱ったなあ。」 と帽子の鍔を――薄曇りで、空は一面に陰気なかわりに、まぶしくない――仰向けに・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 長提灯の新しい影で、すっすと、真新しい足袋を照らして、紺地へ朱で、日の出を染めた、印半纏の揃衣を着たのが二十四五人、前途に松原があるように、背のその日の出を揃えて、線路際を静に練る…… 結構そうなお爺さんの黒紋着、意地の悪そうな婆・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・よごれの無い印半纏に、藤色の伊達巻をきちんと締め、手拭いを姉さん被りにして、紺の手甲に紺の脚絆、真新しい草鞋、刺子の肌着、どうにも、余りに完璧であった。芝居に出て来るような、頗る概念的な百姓風俗である。贋物に違いない。極めて悪質の押売りであ・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・重吉とひろ子とは、様々の波瀾を互にしのいですごした十二年ののちに、はじめて一つ家に、結婚の歴史はもう旧いけれども、互が互を感じ合う敏感さでは真新しい夫婦として生活をはじめる。その特殊な条件をもつ短い時期のうちにおこった一つ二つのエピソードを・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・ 参詣人の大群は、日和下駄をはき、真新しい白綿ネルの腰巻きをはためかせ、従順にかたまって動いているが、あの夥しい顔、顔が一つも目に入らず、黄色や牡丹色の徽章ばっかりが灰色の上に浮立ち動いているのは、どうしたものだろう。数が多すぎるばかり・・・ 宮本百合子 「上林からの手紙」
・・・ハッピを着た大工が彼方此方し鉋や金槌の音が賑かで、家の普請をやっている。真新しい柱や梁の白木の色が、さえない砂の鼠色のところに際立って寒く見えた。 私共は、通りぬけて砂丘の間を過ぎ、広い波打ちぎわまで余程の距離のある海辺に出た。寂しく、・・・ 宮本百合子 「静かな日曜」
・・・ 今夜に限らず重吉と一緒に食卓に向っているとき、ひろ子の心にはいつも真新しい感動があった。こんなに自然な男である重吉。簡単な、いもの煮たのさえ美味しがって、友達と一緒に妻と一緒にたべることを愉快がる重吉。自然なままの人間に、こわらしい罪・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・濃い紅の花が真新しい色の材木や庭石の馴染まないあらつちに照りかえした。石川からその朝になって事情をきかされた職人達は、「へえ、そいつはことだ」と驚いた。「あんな旦那がおふくろを追廻すなんて話みてえだな。大学もたそくにならねえもん・・・ 宮本百合子 「牡丹」
出典:青空文庫