・・・雨脚も白く、真盛りの卯の花が波を打って、すぐの田畝があたかも湖のように拡がって、蛙の声が流れていた。これあるがためか、と思ったまで、雨の白河は懐しい。都をば霞とともに出でしかど……一首を読むのに、あの洒落ものの坊さんが、頭を天日に曝したとい・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・午後二時というに上野を出でて高崎におもむく汽車に便りて熊谷まで行かんとするなれば、夏の日の真盛りの頃を歩むこととて、市中の塵埃のにおい、馬車の騒ぎあえるなど、見る眼あつげならざるはなし。とある家にて百万遍の念仏会を催し、爺嫗打交りて大なる珠・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・ 南国の真夏の暑い真盛りに庭に面した風通しのいい座敷で背中の風をよけて母にすえてもらった日の記憶がある。庭では一面に蝉が鳴き立てている。その蝉の声と背中の熱い痛さとが何かしら相関関係のある現象であったかのような幻覚が残っている。同時にま・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・キュリー夫人は土用真盛りの、がらんとしたアパートの部屋でブルターニュの娘たちへ手紙を書いた。「愛するイレーヌ。愛するエーヴ。事態がますます悪化しそうです。私たちは今か今かと動員令を待ち受けています。」 しかし戦争にならなければそちら・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・ 海沿いの公園では夾竹桃が真盛りであった。わきのベンチに白い布で寛やかに頭から体をつつんだペルシア女が、黒い目で凝っと風に光る紅い夾竹桃の花を眺めている。ここも人気すくなく、程経って二十人ばかりのソヴェト水兵が足並そろえてやって来て、同・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・梅林があり、白梅が真盛りで部屋へ薫香が漲っていたのをよく覚えている。何にしろ年少な姉弟ぎりの旅だったので、収穫はから貧弱であった。博物館で僅の仏像を観た位のものであった。然し、足にまかせ、あの暢やかなスロープと、楠の大樹と、多分馬酔木という・・・ 宮本百合子 「宝に食われる」
商売というものの性質がすっかり変って来て、それは時代の動きによるものだということをはっきり知ってほしいと思います。やっと胡瓜の真盛りになるともう出ないというような儲のとらえかたも、わかりはするが閉口です。暮しにくいのは万人・・・ 宮本百合子 「近頃の商売」
・・・ 四月ですわ、十五六日頃じゃあなかったこと、ほら菜の花が真盛りだったじゃあありませんか「……それじゃあ三月末じゃあまだ寒いだろうな、何にしろ随分時候は遅れて居るんだから 茂樹の故郷は、敦賀の近処であった。「だって拘やしないわ。い・・・ 宮本百合子 「われらの家」
出典:青空文庫