・・・ か弱い女をいじめるばかりか、悪名を着せるとは怪しからぬやつじゃ。 使 何が悪名です? 小町はほんとうに、嘘つきの男たらしではありませんか? 神将 まだ云うな。よしよし、云うならば云って見ろ。その耳を二つとも削いでしまうぞ。 使・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・沢本 おうい、ドモ又……と、あの、貴様のその上衣をよこせ、貴様の兄貴に着せるんだから。その代わりこれを着ろ……ともちゃん花が取れたかい。それか。それをおくれ、棺を飾るんだから……沢本退場。……戸部ととも子寄り添わんとす。別・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・ち、裁判所、村役場、派出所も村会も一所にして、姦通の告訴をすると、のぼせ上がるので、どこへもやらぬ監禁同様という趣で、ひとまず檀那寺まで引き上げることになりましたが、活き証拠だと言い張って、嫁に衣服を着せることを肯きませんので、巡査さんが、・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・「おっかさんの名代だ、娘に着せるのに仔細ない。」「はい、……どうぞ。」 くるりと向きかわると、思いがけず、辻町の胸にヒヤリと髪をつけたのである。「私、こいしい、おっかさん。」 前刻から――辻町は、演芸、映画、そんなものの・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・かわいがったのを恩に着せるではないが、もとを云えば他人だけれど、乳呑児の時から、民子はしょっちゅう家へきて居て今の政夫と二つの乳房を一つ宛含ませて居た位、お増がきてからもあの通りで、二つのものは一つ宛四つのものは二つ宛、着物を拵えてもあれに・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・学校へゆく二人の兄妹に着物を着せる、座敷を一通り掃除する、そのうちに佐介は鍬を肩にして田へ出てしまう。お千代はそっとおとよの部屋へはいって、「おとよさん今日はゆっくり休んでおいでなさい、蚕籠は私がこれから洗いますから」 そういわれて・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・綿入り二枚分と、胴着と襦袢……赤んぼには麻の葉の模様を着せるものだそうだから」……彼女は枕元で包みをひろげて、こう自分に言って聞かせた。「そうかねえ……」と、自分は彼女のニコニコした顔と紅い模様や鬱金色の小ぎれと見較べて、擽ったい気持を・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・労働者、農民の若者を××に引きずりこんで、誰れ彼れの差別なく同じ××を着せる。人間を一ツの最も使いいゝ型にはめこんでしまおうとする。そうして、労働者農民の群れは、鉄砲をかついで変装行列のような行列をやりだす。――これは、帝国主義ブルジョアジ・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
十四、五になる大概の家の娘がそうであるように、袖子もその年頃になってみたら、人形のことなぞは次第に忘れたようになった。 人形に着せる着物だ襦袢だと言って大騒ぎした頃の袖子は、いくつそのために小さな着物を造り、いくつ小さ・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・「そんなものを私に着せるのですか」「でもほかにはないんですもの」と肩へかける。「それでも洋服とは楽でがんしょうがの」と、初やが焜炉を煽ぎながらいう。羽織は黄八丈である。藤さんのだということは問わずとも別っている。「着物が少し・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
出典:青空文庫