・・・B じゃあその着ると姿の見えなくなるマントルを取ってくれ給え。さあ、行こう。A 夜霧が下りているぜ。 ×声ばかりきこえる。暗黒。Aの声 暗いな。Bの声 もう少しで君のマントル・・・ 芥川竜之介 「青年と死」
・・・「夏は白い着物を着る時だよう。――」 良平も容易に負けなかった。「雨の降る時分は夏なもんか。」「莫迦! 白い着物を着るのは土用だい。」「嘘だい。うちのお母さんに訊いて見ろ。白い着物を着るのは夏だい!」 良平はそう云う・・・ 芥川竜之介 「百合」
・・・さて黒の上衣を着る。髯を綺麗に剃った顋の所の人と違っている顔が殊更に引き立って見える。食堂へ出て来る。 奥さんは遠慮らしく夫の顔を一寸見て、すぐに横を向いて、珈琲の支度が忙しいというような振をする。フレンチが一昨日も昨日も感じていて、友・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・ 其処へレリヤは旅行の時に着る着物に着更えて出て来た。その着物は春の頃クサカが喰い裂いた茶色の着物であった。「可哀相にここに居たのかい。こっちへ一しょにおいで」とレリヤがいった。そして犬を連れて街道に出た。街道の傍は穀物を刈った、刈株の・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・ 姉さん、また、着るものが出来らあ、チョッ、」 舌打の高慢さ、「おらも乗って行きゃ小遣が貰えたに、号外を遣って儲け損なった。お浜ッ児に何にも玩弄物が買えねえな。」 と出額をがッくり、爪尖に蠣殻を突ッかけて、赤蜻蛉の散ったあと・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ 突如噛着き兼ねない剣幕だったのが、飜ってこの慇懃な態度に出たのは、人は須らく渠等に対して洋服を着るべきである。 赤ら顔は悪く切口上で、「旦那、どちらの麁そそうか存じましないけれども、で、ございますね。飛んだことでございます。こ・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・頗る見事な出来だったので楢屋の主人も大に喜んで、早速この画を胴裏として羽織を仕立てて着ると、故意乎、偶然乎、膠が利かなかったと見えて、絵具がベッタリ着物に附いてしまった。椿岳さんの画には最う懲り懲りしたと、楢屋はその後椿岳の噂が出る度に頭を・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・と、太郎はさっそく、着物を着ると、みんなの話している茶の間から入り口の方へやってきました。 おじいさんは、朝家を出たときの仕度と同じようすをして、しかも背中に、赤い大きなかにを背負っていられました。「おじいさん、そのかにどうしたの?・・・ 小川未明 「大きなかに」
・・・こうして諸方を歩いて、食べるものや、着るものをもらって歩く人間なのでございます。」と答えました。 お姫さまは、その話を聞いていられる間に、幾たび、びっくりなされたかしれません。そして、この女が、乞食であることをはじめてお知りになりました・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・恩に着るよ。たのむ! よし来たッといわんかね」「だめ!」「じゃ、十分だけ出してくれ、一寸外の空気を吸って来ると、書けるんだ。ものは相談だが、どうだ。十分! たった十分!」「だめ! 出したら最後、東西南北行方知れずだからね、あんた・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
出典:青空文庫