・・・この水を利用して、いわゆる水辺建築を企画するとしたら、おそらくアアサア・シマンズの歌ったように「水に浮ぶ睡蓮の花のような」美しい都市が造られることであろう。水と建築とはこの町に住む人々の常に顧慮すべき密接なる関係にたっているのである。けっし・・・ 芥川竜之介 「松江印象記」
・・・――真夜中の月の大池に、影の沈める樹の中に、しぼめる睡蓮のごとく漾いつつ。「口惜しいねえ。」 車馬の通行を留めた場所とて、人目の恥に歩行みもならず、――金方の計らいで、――万松亭という汀なる料理店に、とにかく引籠る事にした。紫玉はた・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ いま、芽ぐんでいる睡蓮が、やがて鉢いっぱいに葉をのばして、黄色な花を咲くころ、その間を泳ぎまわり、卵をつけることだろうと思うと、何となく、この色の鮮かなめだかの将来を、輝やかしく思うのでした。・・・ 小川未明 「金めだか」
・・・に一丈以上の大山椒魚になって、時々水面に頭を出すが、その頭の幅だけでも大変なもので、幅三尺、荘厳ですなあ、身のたけ一丈、もっとも、この老翁は、実にずるいじいさんで、池の水を必要以上に濁らせて、水面には睡蓮をいっぱいはびこらせて、その山椒魚の・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・ あの木の下の水面に睡蓮がある。これはもちろん火事にはなんともなかったに相違ない。ことしの夏、どこかの画学生が来てあれを写生していた。モネーの有名なシリーズがなかったら、ああいう構図は、洋画としてはオリジナルかもしれないが、今では別に珍・・・ 寺田寅彦 「池」
・・・たとえば水面に浮かんでいる睡蓮の花が一見ぱらぱらに散らばっているようでも水の底では一つの根につながっているようなものである。 一つ一つの意識的な具象からは識閾の下に無数の根を引いており、その根の一つ一つはまた他のたくさんの具象の根と連結・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・黄櫨や山葡萄が紅葉しており、池には白い睡蓮が咲いている。駒ヶ岳は先年の噴火の時に浴びた灰と軽石で新しく化粧されて、触ったらまだ熱そうに見える。首のない大きなライオンが北向きに坐っているような姿をしている。肌の色もそんな色である。しかし北側へ・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
・・・これからそろそろ庭へ出て睡蓮の池の水をのんで、そうして彼の仕事の町内めぐりにとりかかるのであろう。自分はこれから寝て、明日はまた、次に来る来年の「試験」の準備の道程に覚束ない分厘の歩みを進めるのである。・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・あるいは藁苞のような恰好をした白鳥が湿り気のない水に浮んでいたり、睡蓮の茎ともあろうものが蓮のように無遠慮に長く水上に聳えている事もある。時には庇ばかりで屋根のない家に唐人のような漱石先生が居る事もある。このような不思議な現象は津田君のある・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・温室の白塗りがキラキラするようでその前に二三人ふところ手をして窓から中をのぞく人影が見えるばかり、噴水も出ていぬ。睡蓮もまだつめたい泥の底に真夏の雲の影を待っている。温室の中からガタガタと下駄の音を立てて、田舎のばあさんたちが四五人、きつね・・・ 寺田寅彦 「どんぐり」
出典:青空文庫