・・・「まあ、ふだんが達者だから、急にどうと云う事もあるまいがね、――慎太郎へだけ知らせた方が――」 洋一は父の言葉を奪った。「戸沢さんは何だって云うんです?」「やっぱり十二指腸の潰瘍だそうだ。――心配はなかろうって云うんだが。」・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・「もっともこの問題はいずれにせよ、とにかく珍竹林主人から聞いた話だけは、三浦の身にとって三考にも四考にも価する事ですから、私はその翌日すぐに手紙をやって、保養がてら約束の釣に出たいと思う日を知らせました。するとすぐに折り返して、三浦から・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ ある日農場主が函館から来て集会所で寄合うという知らせが組長から廻って来た。仁右衛門はそんな事には頓着なく朝から馬力をひいて市街地に出た。運送店の前にはもう二台の馬力があって、脚をつまだてるようにしょんぼりと立つ輓馬の鬣は、幾本かの鞭を・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ そこに、焼けあとで働いている人足が来て、ポチが見つかったと知らせてくれた。ぼくたちもだったけれども、おばあさまやおかあさんまで、大さわぎをして「どこにいました」とたずねた。「ひどいけがをして物置きのかげにいました」 と人足の人・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・ちょいと内証で、人に知らせないように遣る、この早業は、しかしながら、礼拝と、愛撫と、謙譲と、しかも自恃をかね、色を沈静にし、目を清澄にして、胸に、一種深き人格を秘したる、珠玉を偲ばせる表顕であった。 こういううちにも、舞台――舞台は二階・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・虫が知らせるとでもいうのか、これが生涯の別れになろうとは、僕は勿論民子とて、よもやそうは思わなかったろうけれど、この時のつらさ悲しさは、とても他人に話しても信じてくれるものはないと思う位であった。 尤も民子の思いは僕より深かったに相違な・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・吉弥の母からの電報で、今新橋を立ったという知らせだ。僕が何気なく行って見ると、吉弥が子供のように嬉しがっている様子が、その挙動に見えた。僕が囲炉裡のそばに坐っているにもかかわらず、ほとんどこれを意にかけないかのありさまで、ただそわそわと立っ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・どうか、遠方にいるお友だちに知らせてください。」といいました。 なかには遠いところにいて、まだ知らずにいるものもありました。そういうつばめは、村に他のいいお友だちができて、「まあ、まあ、そんなに急いで、お帰りなさることはない。」といわれ・・・ 小川未明 「赤い船とつばめ」
・・・ と、自転車を走らせて急を知らせてくれ、お君が駆けつけると、黄昏の雪空にもう電気をつけた電車が何台も立往生し、車体の下に金助のからだが丸く転がっていた。 ぎゃッと声を出したが、不思議に涙は出ず、豹一がキャラメルのにちゃくちゃひっつい・・・ 織田作之助 「雨」
・・・国へ帰って母にも逢える、マ、マ、マリヤにも逢える…… ああ国へはこうと知らせたくないな。一思に死だと思わせて置きたいな。そうでもない偶然おれが三日も四日も藻掻ていたと知れたら…… 眼が眩う。隣歩きで全然力が脱けた。それにこの恐ろしい・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
出典:青空文庫