・・・例えば、支店長募集のあの思いつきにしろ、新聞広告にしろ、たいていの智慧はみな此のおれの……。まあ、だんだんに、聴かせてやろう。 二 いつだったか、……いや、覚えている、六年前のことだ、……「川那子丹造の真相をあば・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ これがこの動物の活力であり、智慧であり、精霊であり、一切であることを私は信じて疑わないのである。 ある日私は奇妙な夢を見た。 X――という女の人の私室である。この女の人は平常可愛い猫を飼っていて、私が行くと、抱いていた胸から、いつ・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
・・・されど母上はなお貴嬢が情けの変わりゆきし順序をわれに問いたまいたれど、われいかでこの深き秘密を語りつくし得ん、ただ浅き知恵、弱き意志、順なるようにてかえって主我の念強きは女の性なるがごとしとのみ答えぬ。げにわれは思う、女もし恋の光をその顔に・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・この無理をどう扱うかということが生活のひとつの知恵である。 性の欲求、恋愛は人間の本性上、ことに男子にとっては、自由を欲するものであって、それはまた生活精力上、審美上、優生学上の機微とからまり、自然の不思議な意志が織りこまれているもので・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・しかしよしや大智深智でないまでも、相応に鋭い智慧才覚が、恐ろしい負けぬ気を後盾にしてまめに働き、どこかにコッツリとした、人には決して圧潰されぬもののあることを思わせる。 客は無雑作に、「奥さん。トいう訳だけで、ほかに何があったのでも・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・死に面しては、貴賎・貧富も、善悪・邪正も、知恵・賢不肖も、平等一如である。なにものの知恵も、のがれえぬ。なにものの威力も、抗することはできぬ。もしどうにかしてそれをのがれよう、それに抗しようと、くわだてる者があれば、それは、ひっきょう痴愚の・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・かと口車へ腰をかけたは解けやすい雪江という二十一二の肌白村様と聞かば遠慮もすべきに今までかけちごうて逢わざりければ俊雄をそれとは思い寄らず一も二も明かし合うたる姉分のお霜へタッタ一日あの方と遊んで見る知恵があらば貸して下されと頼み入りしにお・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・どうかすると、この母の眼には、あの智慧の足りない娘が御霊さまに見えることもある――」 熊吉はしばらく姉を相手にしないで、言うことを言わせて置いたが、やがてまたおげんの方を見て、「姉さんも小山の家の方に居て、何か長い間に見つけたものは・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・もちろん、嫁の入智慧です。母は盲目だし、いい加減にだまして、そうしてこっそり馬小屋のマギに圭吾をかくし、三度々々の食事をそこへ運んでいたのだそうですよ。あとで、圭吾がそう言っていました。なに、あの嫁なんか一言も何も言いません。いまもって、知・・・ 太宰治 「嘘」
・・・人間は知恵でこの動物を気ままにしていると思ってうぬぼれている。しかしこれらの象が本気であばれだしたら大概の人間の知恵では到底どうにもならなくなるのではないか。象が人間に負けているのは知恵のせいではない。協力ということができないだけが彼らの弱・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
出典:青空文庫