・・・ 修理は、上使の前で、短刀を法の如くさし出されたが、茫然と手を膝の上に重ねたまま、とろうとする気色もない。そこで、介錯に立った水野の家来吉田弥三左衛門が、止むを得ず後からその首をうち落した。うち落したと云っても、喉の皮一重はのこっている・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・井戸のつるべなわが切ってあって水をくむことができなくなっていたのと、短刀が一本火に焼けて焼けあとから出てきたので、どろぼうでもするような人のやったことだと警察の人が来て見こみをつけた。それを聞いておかあさんはようやく安心ができたといった。お・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・ 質の出入れ――この質では、ご新姐の蹴出し……縮緬のなぞはもう疾くにない、青地のめりんす、と短刀一口。数珠一聯。千葉を遁げる時からたしなんだ、いざという時の二品を添えて、何ですか、三題話のようですが、凄いでしょう。……事実なんです。貞操・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・「お染。」「短刀で、こ、こことここを、あっちこっち、ぎらぎら引かれて身体一面に血が流れた時は、……私、その、たらたら流れて胸から乳から伝うのが、渇きの留るほど嬉しかった。莞爾莞爾したわ。何とも言えない可い心持だったんですよ。お前さん・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・ これを君にくれる、』と投げだしたのは短刀であった。自分はその唐突に驚いた。かかる挙動は決して以前のかれにはなかったのである。自分はもう今日のかれ、七年前のかれでないことを悟った。『これは右手指といって、こういう具合にさすので、』かれは短刀・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・「この短刀で何をするつもりであったか。言え!」暴君ディオニスは静かに、けれども威厳を以て問いつめた。その王の顔は蒼白で、眉間の皺は、刻み込まれたように深かった。「市を暴君の手から救うのだ。」とメロスは悪びれずに答えた。「おまえが・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・とにたにた笑いながら短刀を引き抜き、王子の白い喉にねらいをつけた瞬間、「あっ!」と婆さんは叫びました。婆さんは娘のラプンツェルに、耳を噛まれてしまったからです。ラプンツェルは婆さんの背中に飛びついて、婆さんの左の耳朶を、いやというほど噛・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ 甘蔗のひと節を短刀のごとく握り持ってその切っ先からかじりついてかみしめると少し青臭い甘い汁が舌にあふれた。竹羊羹というのは青竹のひと節に黒砂糖入り水羊羹をつめて凝固させたものである。底に当たる節の隔壁に錐で小さな穴を明けておいて開いた・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・エレーンは衣の領を右手につるして、暫らくは眩ゆきものと眺めたるが、やがて左に握る短刀を鞘ながら二、三度振る。からからと床に音さして、すわという間に閃きは目を掠めて紅深きうちに隠れる。見れば美しき衣の片袖は惜気もなく断たれて、残るは鞘の上にふ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・横たわりて起きぬ間を、疾くも縫えるわが短刀の光を見よ。吾ながら又なき手柄なり。……」ブラヴォーとウィリアムは小声に云う。「巨人は云う、老牛の夕陽に吼ゆるが如き声にて云う。幻影の盾を南方の豎子に付与す、珍重に護持せよと。われ盾を翳してその所以・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫