・・・同様に例えば日本の短歌の詩形が日本で始めて発生したものと速断するのも所由のないことであろうと思う。 五七五七七という音数律そのままのものは勿論現在では日本特有のものであろうが、この詩形の遠い先祖となるべきものが必ず何処かにあったであろう・・・ 寺田寅彦 「短歌の詩形」
・・・ こういう点で何よりも最も代表的なものは短歌と俳句であろう。この二つの短詩形の中に盛られたものは、多くの場合において、日本の自然と日本人との包含によって生じた全機的有機体日本が最も雄弁にそれ自身を物語る声のレコードとして見ることのできる・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・ 九 短歌には作者自身が自分の感情に陶酔して夢中になって詠んだように見えるのがかなり多い。しかし俳句ではたとえ形式の上からは自分の感情を直写しているようでも、そこではやはり、その自分の感情が花鳥風月と同様な一つの対象・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
古い昔から日本民族に固有な、五と七との音数律による詩形の一系統がある。これが記紀の時代に現われて以来今日に至るまで短歌俳句はもちろん各種の歌謡民謡にまでも瀰漫している。この大きな体系の中に古今を通じて画然と一つの大きな線を・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・文字数においてすでに短歌の三十一文字を凌駕しているのであるが、一方ではまた短歌のほうでも負けていないで、五十文字ぐらいは普通だし六十字ぐらいまではたいして珍しくもないようである。 こういう新型式についていろいろ是非の議論もあるようである・・・ 寺田寅彦 「俳句の型式とその進化」
・・・さらばこそ万葉古今の語彙は大正昭和の今日それを短歌俳句に用いてもその内容において古来のそれとの連関を失わないのである。またそれゆえにそれらの語彙が民族的遺伝としての連想に点火する能力をもっているのである。 しかしまたこれらの語彙の意義内・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・彼は日本の文字がそうであり、短歌俳諧がそうであり、浮世絵がそうであると言い、また彼の生まれて初めて見たカブキで左団次や松蔦のする芝居を見て、その演技のモンタージュ的なのに驚いたという話である。これは近ごろ来朝したエシオピアの大使が、ライオン・・・ 寺田寅彦 「ラジオ・モンタージュ」
・・・ 七 短歌の連作と連句 近ごろ岩波文庫の「左千夫歌論抄」の巻頭にある「連作論」を読んで少なからざる興味を感じたのであるが、同時に連作短歌と連句との比較研究という一つの新しい題目が頭に浮かんで来るのであった。ところ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・理屈ならぬ主観的歌想は多く実地より出でたるものにして、古人も今人もさまで感情の変るべきにあらぬに、まして短歌のごとく短くして、複雑なる主観的歌想を現すあたわず、ただ簡単なる想をのみ主とするものは、観察の精細ならざりし古代も観察の精細に赴きし・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
過日『仰日』ならびに『檜の影』会からお手紙を頂き重ねてあなたからのお手紙拝見いたしました。『仰日』を拝見して、短歌については素人ですが一つ二つ感想を申上ます。 わたくしは一人の読者として『仰日』におさめられている多くの・・・ 宮本百合子 「歌集『仰日』の著者に」
出典:青空文庫