・・・最近では、フィオナ・マクレオドと称したウイリアム・シャアプが、これを材料にして、何とか云う短篇を書いた。 では「さまよえる猶太人」とは何かと云うと、これはイエス・クリストの呪を負って、最後の審判の来る日を待ちながら、永久に漂浪を続けてい・・・ 芥川竜之介 「さまよえる猶太人」
・・・と云う僕の短篇の校正刷を読んでくれたりした。……… そのうちにいつかO君は浪打ち際にしゃがんだまま、一本のマッチをともしていた。「何をしているの?」「何ってことはないけれど、………ちょっとこう火をつけただけでも、いろんなものが見・・・ 芥川竜之介 「蜃気楼」
・・・僕なども始終滝田君に僕の作品を褒められたり、或は又苦心の余になった先輩の作品を見せられたり、いろいろ鞭撻を受けた為にいつの間にかざっと百ばかりの短篇小説を書いてしまった。これは僕の滝田君に何よりも感謝したいと思うことである。 僕は又中央・・・ 芥川竜之介 「滝田哲太郎氏」
・・・特に短篇に好きなものがある。「文鳥」のようなものが佳いと思う。「猫」、「坊ちやん」、「草枕」、「ロンドン塔」、「カーライル博物館」、こんなものが好きだ。 要するに夏目さんは、感覚の鋭敏な人、駄洒落を決して言わぬ人、談話趣味の高級な人、そ・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・アレほど我を忘れて夢幻にするような心地のしたのはその後にない。短篇ではあるが、世界の大文学に入るべきものだ。 露伴について語るべき事は多いが、四枚や五枚ではとても書尽されないから、今はこれだけで筆を擱く。・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・という比較的長い初期の短篇は、大阪の男が自分の恋物語を大阪弁で語っている形式によっており、地の文も会話もすべて大阪弁である。谷崎潤一郎氏の「卍」もやはり、大阪の女が自分の恋物語を大阪弁で語っている形式である。この二つの大阪弁の一人称小説を比・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・のが、これらの一見私小説風の淡い味の短篇ではなかったか。淡い味にひめた象徴の世界を覗っていたのであろう。泉鏡花の作品のようにお化けが出ていたりしていた。もっとも鏡花のお化けは本物のお化けであったが、武田さんのお化けは人工のお化けであった。だ・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・という短篇を書いた時ちょうど郷里で彼女が生れたので、私は雪子と名をつけてやった娘だった。私にはずいぶん気に入りの子なのだが、薄命に違いないだろうという気は始終していた。私は都会の寒空に慄えながら、ずいぶん彼女たちのことを思ったのだが、いっし・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・ 僕はこんなことまで言いたくないと思うが、君があまり意固地だから言うが、君がこの前短編集を出す時も、K社へ行って僕も出したがっているからと言ったそうじゃないか。僕はその時も君が困っている時だったから何も言わなかったけれど、君はいつもそうして・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・その晩行一は細君にロシアの短篇作家の書いた話をしてやった。――「乗せてあげよう」 少年が少女を橇に誘う。二人は汗を出して長い傾斜を牽いてあがった。そこから滑り降りるのだ。――橇はだんだん速力を増す。首巻がハタハタはためきはじめる。風・・・ 梶井基次郎 「雪後」
出典:青空文庫