・・・またどんな仔細がないとも限らぬが、少しも気遣はない、無理に助けられたと思うと気が揉めるわ、自然天然と活返ったとこうするだ。可いか、活返ったら夢と思って、目が覚めたら、」といいかけて、品のある涼しい目をまた凝視め、「これさ、もう夜があけた・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ と、引立てるように、片手で杖を上げて、釣竿を撓めるがごとく松の梢をさした。「じゃがの。」 と頭を緩く横に掉って、「それをば渡ってはなりませぬぞ。……渡らずと、橋の詰をの、ちと後へ戻るようなれど、左へ取って、小高い処を上らっ・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・何、黒山の中の赤帽で、そこに腕組をしつつ、うしろ向きに凭掛っていたが、宗吉が顔を出したのを、茶色のちょんぼり髯を生した小白い横顔で、じろりと撓めると、「上りは停電……下りは故障です。」 と、人の顔さえ見れば、返事はこう言うものと極め・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 主人は眉の根に、わざと深く皺を寄せて、鼻で撓めるように顔を向けた。「はてね。」「いや、とけておちたには違いはありませんがね――三島女郎衆の化粧の水などという、はじめから、そんな腥い話の出よう筈はありません。さきの御仁体でも知れ・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・……この弊を矯めるには演奏会で受けた感動を、その後に何か主動的な方法で表現しないではおかないという習慣をつければいい。それはどんな些細な事でもかまわない。たとえば自分の祖母にやさしい言葉をかけるとか、乗合馬車で座席を譲るとかいうくらいな事で・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・それを矯める方法を御話しするためにわざわざこの壇上に現われたのではないから詳しい事は述べませんが、また述べるにしたところで大体はすでに諸君も御承知の事であるが、まあ物のついでだから一言それに触れておきましょう。すでに個々介立の弊が相互の知識・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・乞食の型とか牢屋の型とか云うのも妙な言葉ですが、長い年月の間には人間本来の傾向もそういう風に矯めることができないとも限りません。こんな例ばかり見れば既成の型でどこまでも押して行けるという結論にもなりましょうが、それならなぜ徳川氏が亡びて、維・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・ 出掛ける気にもならず、仕たい事は手につかず、気は揉める。「どうしようかなあ。 馬鹿らしい独言を云って机の上に散らばった原稿紙や古ペンをながめて、誰か人が来て今の此の私の気持を仕末をつけて呉れたらよかろうと思う。 未・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・この二つの悩みのどっちをとってみても、きょうの若い女性がどんなにゆたかな進歩した人生を欲しているかという事実と、反対に、日本の社会の現実はまだなかなか若々しくどこまでも伸びようとする女性のねがいの枝を撓める状態におかれているという現実を語っ・・・ 宮本百合子 「新しい卒業生の皆さんへ」
・・・然し、本当に五月蠅い気の揉める婆じゃないか」 彼は、さっきれんが一年にたった一度のクリスマスと云った口調を、その節まで思い出してむっとした。「僕やお前が若いと思ってちび扱いにするんだ。代りなんかいくらでもあるよ。――僕だって先刻まで・・・ 宮本百合子 「或る日」
出典:青空文庫