・・・ 後談 寛文十一年の正月、雲州松江祥光院の墓所には、四基の石塔が建てられた。施主は緊く秘したと見えて、誰も知っているものはなかった。が、その石塔が建った時、二人の僧形が紅梅の枝を提げて、朝早く祥光院の門をくぐった。・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・が、この憐な石塔には、何の感情も起らないのだった。 母はそれから墓の前に、しばらく手を合せていた。するとどこかその近所に、空気銃を打ったらしい音が聞えた。慎太郎は母を後に残して、音のした方へ出かけて行った。生垣を一つ大廻りに廻ると、路幅・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・に加えた三人は皆この谷中の墓地の隅に、――しかも同じ石塔の下に彼等の骨を埋めている。僕はこの墓の下へ静かに僕の母の柩が下された時のことを思い出した。これは又「初ちゃん」も同じだったであろう。唯僕の父だけは、――僕は僕の父の骨が白じらと細かに・・・ 芥川竜之介 「点鬼簿」
・・・墓場は石ばかりの山の腹にそうて開いたので、灰色をした石の間に灰色をした石塔が何本となく立っているのが、わびしい感じを起させる。草の青いのもない。立花さえもほとんど見えぬ。ただ灰色の石と灰色の墓である。その中に線香の紙がきわだって赤い。これで・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
・・・ 仁右衛門は死体を背負ったまま、小さな墓標や石塔の立列った間の空地に穴を掘りだした。鍬の土に喰い込む音だけが景色に少しも調和しない鈍い音を立てた。妻はしゃがんだままで時々頬に来る蚊をたたき殺しながら泣いていた。三尺ほどの穴を掘り終ると仁・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ と一基の石塔の前に立並んだ、双方、膝の隠れるほど草深い。 実際、この卵塔場は荒れていた。三方崩れかかった窪地の、どこが境というほどの杭一つあるのでなく、折朽ちた古卒都婆は、黍殻同然に薙伏して、薄暗いと白骨に紛れよう。石碑も、石塔も・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・…… 冷い石塔に手を載せたり、湿臭い塔婆を掴んだり、花筒の腐水に星の映るのを覗いたり、漫歩をして居たが、藪が近く、蚊が酷いから、座敷の蚊帳が懐しくなって、内へ入ろうと思ったので、戸を開けようとすると閉出されたことに気がついた。 それ・・・ 泉鏡花 「星あかり」
・・・きっと冷かすぜ、石塔の下から、クックッ、カラカラとまず笑う。」「こわい、おじさん。お母さんだがいいけれど。……私がついていますから、冷かしはしませんから、よく、お拝みなさいましよね。 ――さん。」「糸塚……初路さんか。糸塚は姓な・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・母の石塔の左側に父の墓はまだ新しい。母の初七日のおり境内へ記念に植えた松の木杉の木が、はや三尺あまりにのびた、父の三年忌には人の丈以上になるのであろう。畑の中に百姓屋めいた萱屋の寺はあわれにさびしい、せめて母の記念の松杉が堂の棟を隠すだけに・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・そこの石塔の側、ここの松の下には、同級生などが佇立んで、この光景を眺めていた。 ある日、薄い色の洋傘を手にしたような都会風の婦人が馬場裏の高瀬の家を訪ねて来た。この流行の風俗をした婦人は東京から来たお島の友達だった。最早山の上でもす・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
出典:青空文庫