・・・――まア、ざっとこないな話――君の耳も僕の長話の砲声で労れたろから、もう少し飲んで休むことにしよ。まア、飲み給え。」「酌ぎましたよ」と、すすめる細君の酌を受けながら、僕は大分酔った様子らしかった。「君と久し振りで会って、愉快に飲んだ・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・遠く響く砲声。隣の林でだしぬけに起こる銃音。自分が一度犬をつれ、近処の林を訪い、切株に腰をかけて書を読んでいると、突然林の奥で物の落ちたような音がした。足もとに臥ていた犬が耳を立ててきっとそのほうを見つめた。それぎりであった。たぶん栗が落ち・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ 一種の遠いかすかなるとどろき、仔細に聞けばなるほど砲声だ。例の厭な音が頭上を飛ぶのだ。歩兵隊がその間を縫って進撃するのだ。血汐が流れるのだ。こう思った渠は一種の恐怖と憧憬とを覚えた。戦友は戦っている。日本帝国のために血汐を流している。・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ 戦場でのすさまじい砲声、修羅の巷、残忍な死骸、そういうものを見てきた私には、ことにそうした静かな自然の景色がしみじみと染み通った。その対照が私に非常に深く人生と自然とを思わせた。 ある日、O君に言った。「弥勒に一度つれて行って・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・甲の宣伝の効果が花火のように輝いて消えるころに乙の宣伝が砲声のようにとどろいて来る。そうして一つのものの余響はやがて次の声の中に没し、そういう事が順次に引き続いていつまでも繰り返される。それがちょうどたとえば仕掛け花火か広告塔のイルミネーシ・・・ 寺田寅彦 「神田を散歩して」
・・・また少し極端な例を仮想してみるとすれば、たとえばフランスでナポレオンの記念祭に大統領が演説したりする際に、もしも本物のナポレオンの声や、ウォータールーの砲声や、セントヘレナの波の音のレコードが適当に插入されたとしたら、それは実に不思議な印象・・・ 寺田寅彦 「ラジオ・モンタージュ」
・・・上野の山に砲声をききながら、福沢諭吉は塾の講堂を閉さずに、経済学の講義をしつづけた。このことには、学生をいかに見るかということについての信念があらわれていると思う。そういう存在として見られ育てられた学生たちは、家庭にあってやはり一種の若き世・・・ 宮本百合子 「家庭と学生」
出典:青空文庫