・・・一本の立木さえ生きのこっていることが出来なかった当時の有様を髣髴として、砲弾穴だけのところに薄に似た草がたけ高く生えている。 目の及ぶかぎりに沈黙が領している。少し出て来た風にその薄のような草のすきとおった白い穂がざわめく間を、エンジン・・・ 宮本百合子 「女靴の跡」
・・・二十五日の夜中、三十五発の砲弾がこの広場の上を飛び、一七六八年このかた、初めて冬宮の「黄金の広間」「アレクサンドロフスカヤ広間」の床が、プロレタリアート群の重い靴の下で鳴った。 冬宮を占領したボルシェヴィキーは、密集した列をつくって壮麗・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・鯛は太股に跨られたまま薔薇色の女のように観念し、鮪は計画を貯えた砲弾のように、落ちつき払って並んでいた。時々突っ立った太股の林が揺らめくと、射し込んだ夕日が、魚の波頭で斬りつけた刃のように鱗光を閃めかした。 彼は魚の中から丘の上を仰いで・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫