・・・あの長い漂泊の苦痛を考えると、よく自分のようなものが斯うして今日まで生きながらえて来たと思われる位。破船――というより外に自分の生涯を譬える言葉は見当らない。それがこの山の上の港へ漂い着いて、世離れた測候所の技手をして、雲の形を眺めて暮す身・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・芸術家、思想家でもニェクラーソフやベリンスキーがしたように、ロシアの中でツァーリズムの暗黒と日夜闘いつつ果敢に新しい時代を啓いてゆく仕事に従事することには堪えず、自身は遠のいてパリからの目で「ロシアの破船的状態」を憂わしげに観察し、そこから・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
・・・急速に移り動く何かのよりつよい力に自我の破船を結びつけなければならなかった。その力が、どのようなものであるかということを省察する責任を自分に向って求めることはもう止められた。人間的自己の尊重の精神は我から捨てられて、批評はそれぞれのそのよう・・・ 宮本百合子 「文学精神と批判精神」
出典:青空文庫