・・・いつでもちゃんとした礼装をして、頭髪を綺麗に分けて、顔を剃り立てて、どこの国の一流のレストランのボーイにもひけを取らないだけの身嗜みをしていた。 何もこの男に限らない事ではあるが、私はすべてのレストランのボーイというボーイの顔のどこかに・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・自分はいつのまにか紋付き袴の礼装をしている。自分の前に向き合って腰かけた男が、床上にだれかが持って来て置いた白い茶わんのようなものを踏むとそれがぱちりと砕けた。すると自分も同じように自分の足もとにある白い瀬戸物を踏み砕いた。いったいどういう・・・ 寺田寅彦 「三斜晶系」
・・・とにかく、式の始まるまでは、まだ一時間もありましたけれども、斯うにぎやかにやられては、とてもじっとして居られません、私たちは、大急ぎで二階に帰って、礼装をしたのです。土耳古人たちは、みんなまっ赤なターバンと帯とをかけ、殊に地学博士はあちこち・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・家族の晩餐のためにも礼装に着かえる某々卿にとって、ノックされるのが何より厭な暗い性のドアを、ローレンスはフランネル・シャツを着ている男にノックさせた。因習によって無知にされ、そのかげでは人間性の歪められている性の問題のカーテンを、ゆすぶらせ・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・ 母の臨終の床でも私はあまり泣かなかったし、それからいろいろの儀式のうちに礼装をした父が白いハンカチーフをとり出して洟をかむときも、並んで坐っている私はその父の姿を渾心の力で支えるような気持で矢張りあまり泣けなかった。三十七年もの間生活・・・ 宮本百合子 「母」
洋服暮しをしたことがありますがこの頃はずっと和服ばかりです。 外国旅行をしたときに着はじめ、後は只身軽さということだけで着て居りました。 其麼工合故、礼装がなくて、儀式のときは和服をきました。 本式に着・・・ 宮本百合子 「洋服と和服」
・・・母のとき、私は何よりも父を落胆させまいとして、始終気を張り、心臓に氷嚢を当てながらも喪の礼装を解かずにがんばり通した。当時私の心持を支配する他の理由もあって、私は涙も出ず、折々白いハンカチーフで洟をかむ父の側にひかえていた。 一月三十日・・・ 宮本百合子 「わが父」
・・・地方の軍隊は送迎がなかなか手厚いことを知っていたから、石田はその頃の通常礼装というのをして、勲章を佩びていた。故参の大尉参謀が同僚を代表して桟橋まで来ていた。 雨がどっどと降っている。これから小倉までは汽車で一時間は掛からない。川卯とい・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫