・・・と思った。「さっきは、あれは、特別なんだよ。」少年は、大人のような老いた苦笑をもらした。「どうも、ごちそうさま。」と神妙にお辞儀して、どんぶりを傍に片附け、「事情があったんだよ。聞いてくれるかね?」「言ってみ給え。」騎虎の勢である。・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ 私はさいきん、少しからだの調子を悪くして、神妙にしばらく酒から遠ざかっていたのであるが、ふと、それも馬鹿らしくなって、家の者に言いつけ、お酒をお燗させ、小さい盃でチビチビ二合くらい飲んでみた。そうして私は、実に非常なる感慨にふけった。・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・ 私は昨年罹災して、この津軽の生家に避難して来て、ほとんど毎日、神妙らしく奥の部屋に閉じこもり、時たまこの地方の何々文化会とか、何々同志会とかいうところから講演しに来い、または、座談会に出席せよなどと言われる事があっても、「他にもっと適・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・静子夫人は、その後、赤坂のアパートに起居して、はじめは神妙に、中泉画伯のアトリエに通っていたが、やがてその老画伯をも軽蔑して、絵の勉強は、ほとんどせず、画伯のアトリエの若い研究生たちを自分のアパートに呼び集めて、その研究生たちのお世辞に酔っ・・・ 太宰治 「水仙」
・・・この魚容君など、氏育ち共に賤しくなく、眉目清秀、容姿また閑雅の趣きがあって、書を好むこと色を好むが如しとは言えないまでも、とにかく幼少の頃より神妙に学に志して、これぞという道にはずれた振舞いも無かった人であるが、どういうわけか、福運には恵ま・・・ 太宰治 「竹青」
・・・「きょうは、ばかに神妙じゃありませんか。」 と私は実に面白くない気持で、そう言ってみた。 しかし、前田さんは、顔を伏せたまま、ふんと笑っただけだった。「思い切り遊ぶという約束でしたね。」と私はさらに言った。「少し飲みなさいよ・・・ 太宰治 「父」
・・・「このごろは神妙のようでございます。」 無理カモ知レマセヌガ とまた、うつむいて、低く呟くようにおっしゃって、 ソレダケガ生キル道デス 太宰治 「鉄面皮」
・・・けれども、こんど工場へはいり、いまこそ小説集の表紙の画を、あらたな思いで書いてみたい、というひどく神妙な申出に接して、私は、すぐに彼の勤めている工場へ画をかいてくれ、と頼みに出かけたのです。画が下手だってかまわない。私の小説集の評判が悪くな・・・ 太宰治 「東京だより」
・・・夜の九時すぎまで、神妙に机のまえに坐り、仕事をつづけた。厭きて来た。うんざりして来た。ふっと酒を呑みたく思ったが一家の経済を思い、がまんをした。そうして、寝ることにした。このごろは、早寝早起を励行している。少しでも一般市民の生活態度にあゆみ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・家で神妙に働いている事は珍らしい。「姉さんはいるだろう。」「ええ、二階でしょう?」「あがるぜ。」 姉は、ことしの春に生れた女の子に乳をふくませ添寝していた。「貸してもいいって、兄さんは言っていたんだよ。」「そりゃそう・・・ 太宰治 「犯人」
出典:青空文庫