・・・―― 午後、ひとりぼっちで祭壇の前にいると、手紙が来た。東京のうちから来た。私は嬉しく、裏表をかえして見てから、封を切った。本当に、嬉しい手紙というものは、何ゆえ、ああも心を吸いよせ、永い道中で封筒の四隅が皺になり、けばだったのまでよい・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・それを広間の祭壇に祀り、向い合って坐っているうちに、私は生きている祖母と隠居所ででもさし向いでいるような、親しい暖かさが、胸に充ち拡るのを感じた。背後には、午後の冬日がさしている。畳廊下の向うの硝子に、祭壇の燃える蝋燭の二ツの焔が微に揺れな・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・ 賑やかに飾った祭壇、やや下って迫持の右側に、空色地に金の星をつけたゴシック風天蓋に覆われた聖母像、他の聖徒の像、赤いカーテンの下った懺悔台、其等のものが、ステインド・グラスを透す光線の下に鎮って居る。小さいが、奥みと落付きある御堂であ・・・ 宮本百合子 「長崎の一瞥」
・・・正面に祭壇、右手の迫持の下に、聖母まりあの像があるのだが、ゴシック風な迫持の曲線をそのまま利用した天蓋の内側は、ほんのり黄がかった優しい空色に彩られている。そこに、金の星が鏤めてある。星は、嬰児が始めて眼を瞠って認めた星のように大きい。つつ・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・入れられ、家へかえされたが、火傷の原因は、小僧ゴーリキイが、どうしてもその晩、靴屋を逃げ出そうと考え耽っていて、ついぼんやりしてしまったからであり、彼をそんな思いつめた心にしたのはサーシャの死んだ雀の祭壇と、ピンの植えられた靴とであった。そ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・と刻りつけた一つの祭壇を見いだして非常に驚いたことがあった。諸君の中には確かにある未知の神への憧憬が動いているのである。予の神はこの、諸君が知らずして礼拝するところの神である。諸君はあの祭壇に、人間の手で作った神を据えなかった。それはまこと・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫