八月十七日私は自分の農場の小作人に集会所に集まってもらい、左の告別の言葉を述べた。これはいわば私の私事ではあるけれども、その当時の新聞紙が、それについて多少の報道を公けにしたのであるが、また聞きのことでもあるから全く誤・・・ 有島武郎 「小作人への告別」
・・・右眼が明を失ったのは九輯に差掛った頃からであるが、馬琴は著書の楮余に私事を洩らす事が少なくないに拘わらず、一眼だけを不自由した初期は愚か両眼共に視力を失ってしまってからも眼の事は一言もいわなかった。作者の私生活と交渉のなかった単なる読者は最・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・三日、のたうち廻り、今朝快晴、苦痛全く去って、日の光まぶしく、野天風呂にひたって、谷底の四、五の民屋見おろし、このたび杉山平助氏、ただちに拙稿を御返送の労、素直にかれのこの正当の御配慮謝し、なお、私事、けさ未明、家人めずらしき吉報持参。山を・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ みじめな生活をして来たんだ。そうして、いまも、みじめな人間になっているのだ。隠すなよ。 私事ではあるが、思い出すことがある。自分が、大学へ入ったその春に、兄が上京して来て、高田馬場の私の下宿の、近くにあったおそばやで、「おまえ・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・ これまで、一家の食事ということは、どこの家でもかかされないことだのに、どういうわけか、めいめいの私事という風に考えられて来ました。食事の時間にお客が来ると、来たお客が恐縮するかわりに、却って食事中の主人一家の方があわてて、すまない・・・ 宮本百合子 「公のことと私のこと」
・・・ で恋愛は自由というけれども、公事ではないから、自分の私事問題だ。これが社会的に問題となって各自責任があるのは、女のもっている、或は男のもって居る社会人としての責任義務を通して社会一般の問題となって行くだけである。 恋愛を其の日の事・・・ 宮本百合子 「ソヴェトに於ける「恋愛の自由」に就て」
・・・で恋愛は自由というけれども、公事ではないから、自分の私事問題だ。これが社会的に問題となって各自責任があるのは、女のもっている、或は男のもっている社会人としての責任義務を通して社会一般の問題となって行くだけである。恋愛をその日の事業として暮す・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
・・・羅山はそれ以前から熱心な仏教排撃者であって、そういう論文をいくつか書いているが、それによると、解脱は一私事であって、人倫の道の実現ではない、というのである。同時にまた彼は熱心なキリシタン排撃者であって、仕官の前年に『排耶蘇』を書いている。松・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・ 一つの私事歳暮余日も無之御多忙の程察上候。貴家御一同御無事に候哉御尋申候。却説去廿七日の出来事は実に驚愕恐懼の至に不堪、就ては甚だ狂気浸みたる話に候へ共、年明候へば上京致し心許りの警衛仕度思ひ立ち候が、汝、困る様之・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫