・・・ 記者去年帰省して旧友の小学校教員に会う、この日記は彼の手に秘蔵されいたるなり。馬島に哀れなる少女あり大河の死後四月にして児を生む、これ大河が片身、少女はお露なりとぞ。 猶お友の語るところに依れば、お露は美人ならねどもその眼に人を動・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・そして丹泉は意気安閑として、過ぐる日の礼を述べた後、「御秘蔵のと同じような白定鼎をそれがしも手に入れました」といった。唐太常は吃驚した。天下一品と誇っていたものが他所にもあったというのだからである。で、「それならばその品を視せて下さい」とい・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・だがの、別段未練を残すのなんのというではないが、茶人は茶碗を大切にする、飲酒家は猪口を秘蔵にするというのが、こりゃあ人情だろうじゃないか。」「だって、今出してまいったのも同じ永楽ですよ。それに毀れた方はざっとした菫花の模様で、焼も余りよ・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・御帰りになりますれば、日頃御重愛の品、御手ならしの品とて、しばらく御もてあそび無かった後ゆえ、直にも御心のそれへ行くは必定、其時其御秘蔵が見えぬとあっては、御方様の御申訳の無いはもとより、ひいては何の様なことが起ろうも知れませぬ。御方様のき・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・あの母さんは六人の姉妹の中で、いちばんお爺さんの秘蔵娘であったという。その人ですらそうだ。ああいう場合を想ってみると、娘に薄くしても総領子息に厚くとは、やはり函館のお爺さんなぞの考えたことであったらしい。あの母さんのように、困った夫の前へ、・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・けれども、そのウイスキイは、謂わば私の秘蔵のものであったのである。昔なら三流品でも、しかし、いまではたしかに一流品に違いなかったのである。値段も大いに高いけれども、しかし、それよりも、之を求める手蔓が、たいへんだったのである。お金さえ出せば・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・娘が秘蔵していたので助かりました。いま残っているのは、おそらく此の水彩いちまいだけでしょう。私は、もう、一万円でも手放しませんよ。」「見せて下さい。」 水仙の絵である。バケツに投げ入れられた二十本程の水仙の絵である。手にとってちらと・・・ 太宰治 「水仙」
・・・この料理屋の秘蔵息子なのかも知れない。家庭教師のほうは、二十七八の、白く太った、落ちついている女性で、ロイド眼鏡を掛けていた。私が部屋の隅で帯を締め直し、風呂敷包みをほどいて足袋をはき、それからもそもそ、セルの袴をいじくっているのを、哀れと・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・これに反して、五年も十年も一生懸命骨を折って勉強をした人の、外目にはともかくも相当なコントリビューションにはなるであろうと思われるものが些細な欠点のために落第させられたり、二十年も事務室の金庫に秘蔵されるようでは、先ずよほどの自信家でない限・・・ 寺田寅彦 「学位について」
・・・この異彩ある珍書は著者、解説者、装幀意匠者、製紙工、染織工、印刷工、製本工の共同制作によってできあがった一つの総合芸術品としても愛書家の秘蔵に値するものであろう。ただ英文活字に若干遺憾の点があるが、これもある意味ではこうした限定版の歴史的な・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
出典:青空文庫