・・・もしこれを移植したらばいかんと彼は思いました。しかしてこれを取り来りてノルウェー産の樅のあいだに植えましたときに、奇なるかな、両種の樅は相いならんで生長し、年を経るも枯れなかったのであります。ここにおいて大問題は釈けました。ユトランドの荒野・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・「その章魚の木だとか、××が南洋から移植したというのはおもしろいね」「そう教えたのが君なんだからね。……いかにも君らしいね。出鱈目をよく教える……」「なんだ、なんだ」「狐の剃刀とか雀の鉄砲とか、いい加減なことをよく言うぜ」・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・これがさらに佐野博士の手で伊東に送られ移植された。そしてこの苗の生長を楽しみにしておられた博士は不幸にして夭折されたのである。亡くなられる少し前に、たしかこれらの楊梅が始めて四つとか五つとかの実を着けたという消息を聞いたことがあったように思・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・今年の春、勝手口にあった藤を移植して桜にからませた、その葉が大変に茂っていたので、これに当たる風の力が過大になって、細い樹幹の弾力では持ち切れなくなったものと思われる。 これで見ても樹木などの枝葉の量と樹幹の大きさとが、いかによく釣合が・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 仏教が遠い土地から移植されてそれが土着し発育し持続したのはやはりその教義の含有するいろいろの因子が日本の風土に適応したためでなければなるまい。思うに仏教の根底にある無常観が日本人のおのずからな自然観と相調和するところのあるのもその一つ・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・庭の平坦な部分のまん中にそれが旗ざおのように立っているのがどうも少し唐突なように思われたが、しかし植物をまるで動物と同じように思って愛護した父は、それを切ることはもちろん移植しようともしなかったのであった。しかし父の死後に家族全部が東京へ引・・・ 寺田寅彦 「庭の追憶」
・・・古又嘗テ吉野山ノ種ヲ移植スト云フ。毎歳立春ノ後五六旬ヲ開花ノ候トナス。」としてある。そして桜花満開の時の光景を叙しては、「若シ夫レ盛花爛漫ノ候ニハ則全山弥望スレバ恰是一団ノ紅雲ナリ。春風駘蕩、芳花繽紛トシテ紅靄崖ヲ擁シ、観音ノ台ハ正ニ雲外ニ・・・ 永井荷風 「上野」
・・・この傾向は、自然主義が日本に移植されてから、その社会的事情に従って次第に低俗な写実主義に陥って来ている文学の伝統と計らずも微妙な結合を遂げ、今日一部の作家に見られる些末的な、或は批判なき風俗小説を生むに至っている。散文精神という言葉はこれら・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・ジイドの箇人主義は、それが日本へも移植されたフェルナンデスの主張する行動のヒューマニズムの文学が要求するニイチェ的な意味での全的なる箇としての箇人主義であることは周知のことである。ジイドの「芸術的な無道徳主義は」、「ニイチェの『危険な生き方・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・米国の持って居る不思議な、特殊な浅薄さをまで無条件に移植するのは、単に趣味の上から申した丈でも否なりと存じます。今世界と云うと、米国が中心で廻転して居るような感が無いでもございません。けれども、米国人も人間ではございませんか、人性の錯綜に就・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫