・・・入口の右手に寝藁を敷いた馬の居所と、皮板を二、三枚ならべた穀物置場があった。左の方には入口の掘立柱から奥の掘立柱にかけて一本の丸太を土の上にわたして土間に麦藁を敷きならしたその上に、所々蓆が拡げてあった。その真中に切られた囲炉裡にはそれでも・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・街道の傍は穀物を刈った、刈株の残って居る畠であった。所々丘のように高まって居る。また低い木立や草叢がある。暫く行くと道標の杙が立って居て、その側に居酒屋がある。その前に百姓が大勢居る。百姓はこの辺りをうろつく馬鹿者にイリュウシャというものが・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・野原には花が咲き乱れ、田や、畠にはしぜんと穀物が茂っている。そこへさえゆけば、人は眠っていて楽に生活がされるから、たがいに争うということを知らない。ただ、しかしその幸福の島へいくのが容易でない。波が荒いし、恐ろしい風が吹く、また、深い海の中・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・遺失した人は四谷区何町何番地日向某とて穀物の問屋を業としている者ということが解った。 心の弱い者が悪事を働いた時の常として、何かの言訳を自分が作らねば承知の出来ないが如く、自分は右の遺失た人の住所姓名が解るや直ぐと見事な言訳を自分で作っ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ 一方では、飲酒反対、宗教反対のピオニールのデモを見習った対岸の黒河の支那の少年たちが、同様のデモをやったりするのに、他方どうしても、こちらの、すきを伺っては、穀物のぬすみ喰いにたかってくる雀のように、密輸入と、ルーブル紙幣の密輸出を企・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・犬はその空地の片すみにころがっている、底も天井もぬけた、古ぼけた穀物だるの口もとにすわりこみました。たるの中には、かんなくずや砂なぞがくしゃくしゃにはいっています。そのかんなくずの上に、何だかしゅろであんだ、ぼろぼろの靴ぬぐいをまるめ上げた・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・例えば穀物の研究でも少し詳細にするとすれば、米粒の堅さとか、比重とかを測定する必要が起る。また穀物の生長に及ぼす、光、熱、電気等の影響とか、土壌の物質的性質とかいう問題でも、一つとして物理学の応用を待たぬものはない。また農具の研究並びにその・・・ 寺田寅彦 「物理学の応用について」
・・・そのかわりそれらの草の実がだんだん発育進化して米や麦よりもいいか、あるいは少なくも同等な穀物になりはしないか。 もし培養のしかたによって、頑強な抵抗力は保存し、しかも実の充実を遂げる事ができればなおさら都合がいい。そういう事は望まれない・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
・・・その年の秋、穀物がとにかくみのり、新らしい畑がふえ、小屋が三つになったとき、みんなはあまり嬉しくて大人までがはね歩きました。ところが、土の堅く凍った朝でした。九人のこどもらのなかの、小さな四人がどうしたのか夜の間に見えなくなっていたのです。・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・ そしてとうとう秋になりましたが、やっぱり栗の木は青いからのいがばかりでしたし、みんなでふだんたべるいちばんたいせつなオリザという穀物も、一つぶもできませんでした。野原ではもうひどいさわぎになってしまいました。 ブドリのおとうさんも・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
出典:青空文庫