・・・かつ天下国家の大問題で充満する頭の中には我々閑人のノンキな空談を容れる余地はなかったろうが、応酬に巧みな政客の常で誰にでも共鳴するかのように調子を合わせるから、イイ気になって知己を得たツモリで愚談を聴いてもらおうとすると、忽ち巧みに受流され・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・女の写真屋の話はそれ切で、その後コッチから水を向けても「アレは空談サ」とばかり一笑に附してしまったから今以て不可解である。二葉亭は多情多恨で交友間に聞え、かなり艶聞にも富んでいたらしいが、私は二葉亭に限らず誰とでも酒と女の話には余り立入らん・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・すると家族の一人は次のような類例を持ち出してさらに空談に花を咲かせた。 この間子供等大勢で電車に乗った時に回数切符を出して六枚とか七枚とかに鋏を入れさせた。そして下車する時にうっかり間違えて鋏を入れないのを二、三枚交ぜて切って渡したらし・・・ 寺田寅彦 「雑記(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・風呂にはいっては長椅子に寝そべって、うまい物を食っては空談にふけって、そしてうとうとと昼寝をむさぼっていた肉欲的な昔の人の生活を思い浮かべないわけにはゆかなかった。 劇場の中のまるい広場には、緑の草の毛氈の中に真紅の虞美人草が咲き乱れて・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・これを何と形容したら適当であるか、例えばここに饒舌な空談者と訥弁な思索者とを並べた時に後者から受ける印象が多少これに類しているかもしれない。そして技巧を誇る一流の作品は前者に相応するかもしれない。饒舌の雄弁固より悪くはないかもしれぬが、自分・・・ 寺田寅彦 「津田青楓君の画と南画の芸術的価値」
・・・しかし、それでもいいからと云われるので、ではともかくもなるべくよく読み返してみてからと思っているうちに肝心な職務上の仕事が忙しくて思うように復習も出来ず、結局瑣末な空談をもって余白を汚すことになったのは申訳のない次第である。読者の寛容を祈る・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・ これらの報道は多くの人々の好奇心を満足させ、いわゆるゴシップと名づけらるる階級の空談の話柄を供給する事は明らかであるが、そういう便宜や享楽と、この種の記事が一般読者の心に与える悪い影響とを天秤にかけてみた時に、どちらが重いか軽いかとい・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
出典:青空文庫