・・・が、不思議にもその童児は頭を土へ落すどころか、石のあった空間を枕にしたなり、不相変静かに寝入っている!「いよいよこの小倅は唯者ではない。」 清正は香染めの法衣に隠した戒刀のつかへ手をかけた。倭国の禍になるものは芽生えのうちに除こうと・・・ 芥川竜之介 「金将軍」
・・・これは空間を斜に横ぎって、吊り上げられたようにすっと消えた。 するとその次には妙なものが空をのたくって来た。よく見ると、燈夜に街をかついで歩く、あの大きな竜燈である。長さはおよそ四五間もあろうか。竹で造った骨組みの上へ紙を張って、それに・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・彼はそこを飛び出して行って畑の中の広い空間に突っ立って思い存分の呼吸がしたくてたまらなくなった。壁訴訟じみたことをあばいてかかって聞き取らねばならないほど農場というものの経営は入り組んでいるのだろうか。監督が父の代から居ついていて、着実で正・・・ 有島武郎 「親子」
・・・ もうパオロの胸に触れると思った瞬間は来て過ぎ去ったが、不思議にもその胸には触れないでクララの体は抵抗のない空間に傾き倒れて行った。はっと驚く暇もなく彼女は何所とも判らない深みへ驀地に陥って行くのだった。彼女は眼を開こうとした。しかしそ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・たったさっきまで、その名誉のために一命を賭したのでありながら、今はその名誉を有している生活というものが、そこに住う事も、そこで呼吸をする事も出来ぬ、雰囲気のない空間になったように、どこへか押し除けられてしまったように思われるらしい。丁度死ん・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
時間的に人事の変遷とか、或は事件の推移を書かないで、自分の官能を刺戟したものを気持で取扱って、色彩的に描写すると云うことは新らしき文芸の試みである。 だから、それは時間的と云うよりは寧ろ空間的に書くことになる。元来これは絵画の領域・・・ 小川未明 「動く絵と新しき夢幻」
・・・ 毎夜のように、地球は、美しく、紫色に空間に輝いていました。そして、その地球には天使と同じような姿をした人間が住んで、いろいろな、それは、天使たちには、ちょっと想像のつかない生活をしていると、聞いたからでありました。「それほどまでに・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・が、主人は、彼等の様子の尋常で無さそうなのを看て取って、暑中休暇で室も明いてるだろうのに、空間が無いと云ってきっぱりと断った。併しもう時間は十時を過ぎていた。で彼は今夜一晩だけでもと云って頼んでいると、それを先刻から傍に坐って聴いていた彼の・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・するとその部屋と崖との間の空間がにわかに一揺れ揺れた。それは女の姿がその明るい電灯の光を突然遮ったためだった。女が坐って盆をすすめると客のような男がぺこぺこ頭を下げているのが見えた。 石田はなにか芝居でも見ているような気でその窓を眺めて・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・村の人達の湯にはまた溪ぎわへ出る拱門型に刳った出口がその厚い壁の横側にあいていて、湯に漬って眺めていると、そのアーチ型の空間を眼の高さにたかまって白い瀬のたぎりが見え、溪ぎわから差し出ている楓の枝が見え、ときには弾丸のように擦過して行く川烏・・・ 梶井基次郎 「温泉」
出典:青空文庫